※以下のテキストでは、演奏曲のタイトルを表記しています。ご了承の上、お読みください。
ライブハウスツアー「Official髭男dism one-man tour 2019」の追加公演として開催された、バンド初の日本武道館公演。単発開催でもツアーファイナルでもないところからも、「日本武道館は通過点」と言わんばかりのバンドの勢いが感じられる。
アリーナ北側に設置されたステージに、それを360度で取り囲む12000人の観客たち。映像演出は一切なく、セットはステージ上の「H」「G」「D」「N」のオブジェとステージ縁のシンボルマークのみ。それはつまり、我々観客が彼らが音楽を繰り出す一挙手一投足に意識を注ぐことができて、藤原聡(Vo・Pf)が言う「観客のみんなと一緒に音楽を作る」を体現する抜群の環境であるということだ。
ピアノについた藤原が“115万キロのフィルム”を歌い出すと同時に、七色の光が彼を照らす。トランペット、サックス、トロンボーンで構成されるホーン隊、パーカッショニストのぬましょう、キーボード・マニピュレーター兼ベーシストの宮田'レフティ'リョウといった強力なサポートメンバーとともに、4人は一気に豊潤な空間を作り出した。“Tell Me Baby”では松浦匡希(Dr)の刻むゆったりとした太いビートや、藤原、楢崎誠(B・Sax)、小笹大輔(G)による間奏のユニゾンなど、リズムや演奏のギミックで観客を沸かし、“犬かキャットかで死ぬまで喧嘩しよう!”では客席から大きなシンガロングが沸き、ゴスペルのようなハッピー感が生まれる。髭男の曲はどんな窮地でも幸福で彩ってしまうのでは?と思うほどに、隅々までポジティブで力強い。
ぬましょうがギロを鳴らすと観客がすかさずクラップを始め、そこに松浦がドラムを重ねると、バリトンサックスを抱えた楢崎のコールアンドレスポンスを挟んで“ブラザーズ”へ。松浦を中心にしてそれ以外のメンバーが広いステージをゆっくり回りながら演奏と歌唱をする姿はまるで音楽隊のパレード。シンプルなステージだからこそ、その極上の演出が映えたと言っていい。
自室にKen Yokoyamaの武道館公演のライブDVDポスターを飾っていることを明かした小笹は、「ただのギター好きの少年がメジャーデビューして、まさか武道館に立てるなんて……」と驚きと喜びをあらわにする。藤原は初ライブが2012年7月7日だったことを告げ、7年と1日の間で出会ってくれたリスナーへ感謝を伝えた。「今から歌う曲も、まさか武道館で鳴り響くとは思っていなかった……と思います」と、とつとつと語ると「まあ、そんなこと言ったらどの曲もそうか」と笑って歌い始めたのは“コーヒーとシロップ”。等身大の心情が零れたあとに演奏された初期曲が、悲しみを乗り越えた先の未来への願望を歌った楽曲なのは、偶然か必然か。バンドの物語と楽曲の物語のシンクロと、一抹の憂いによって、音像はより艶やかさを帯びた。
ロマンチックなバラード“LADY”で前半戦の大きなハイライトを作り上げ、ライブではすでにお馴染みの“明け方のゲッタウェイ”はメンバーのソロボーカルパートや、観客との掛け合い、ふだんの演奏中では見せないひょうきんなパフォーマンスなどでとびきりファニーな空間が生まれる。その振れ幅にあらためて感心していると、突如鳴り響いたのはハードロックテイストの導入。サポートメンバーがサングラスを掛けて軽い振り付けを踊り、次々と火の玉が打ちあがると、藤原が「まだまだ燃えていこうぜ!」と客席へ呼びかけ、バンド屈指のロックナンバー“FIRE GROUND”へとなだれ込む。小笹はステージセンターのシンボルマーク上でギターソロに興じ、HR/HM要素をエンターテインメントに昇華する姿にキッスを彷彿とさせる貫禄と遊び心を見た。
“Pretender”から“ノーダウト”へつなぐという贅沢な畳みかけのあと、本編ラストは今月リリース予定のシングル曲“宿命”。「2019 ABC 夏の高校野球応援ソング/『熱闘甲子園』テーマソング」として書き下ろされた楽曲とはいえ、葛藤を抱えながらも夢に立ち向かう少年たちの心情が綴られたこの曲が、バンド史上最大規模の会場で鳴り響くというシチュエーションは、否が応でもバンドに重ねてしまう。《届け!》という言葉のとおり、熱い想いがまっすぐ胸に飛び込んできた。
アンコールでは、告知の巨大垂れ幕が落ちてこないというトラブルがありつつも、10月にメジャー1stアルバムのリリースと、29公演のホールツアーの開催を発表。「ハンパねえアルバムとハンパねえツアーになる」と自信満々に語る様子も非常に頼もしい。そのあとの“Amazing”では曲中に藤原が地底からなにかを召喚するように腕を高く掲げると、髭男のシンボルマークが前方に動き出し、そこから緑色のドラムセットが登場。華麗なスティック回しやドラムボーカル姿を見せるだけでなく、松浦とのツインドラムやドラムソロ合戦を繰り広げる。最後に両者が拳を突き合わせる姿も胸を熱くさせた。
7年と1日のなかで出会ってくれた人々に感謝を告げた藤原は、「バンドとしてあのステージに立ちたいとか、あの歌番組に出たいとか、目標はたくさんあるけれど、1日でも長くこのバンドを続けて、グッドミュージックを1曲でもたくさん作って、1日でも多くあなたと音楽を通して時間を重ねていくことが今の僕の夢です」とまっすぐな瞳で語る。この日の締めくくりとして届けられた“Stand By You”で藤原が《どんなに凄い賞や順位より》のあとの歌詞を《今夜あなたと歌えたことがいちばん誇らしい》と変えて叫んだ様子は、この日を集約するに相応しいシンボリックな一幕だった。
2階席と1階席から降り注ぎ、アリーナから湧き上がる12000人の全力のシンガロングとクラップは、まさに雨や泉といった大地の恵みのよう。その中央にいる彼らは、さしづめ太陽といったところだ。彼らの作り出す歓喜の渦は、まだまだ波及していくに違いない。バンドと観客の感謝の想いと音楽への愛情に満ち溢れた日本武道館、圧巻であった。(沖さやこ)