安藤裕子ほど、曲によってそのボーカルが表情を変える人も珍しい。アッパーな曲とバラード、というくらいの振り幅があれば、誰でも普通に歌い方が変わるものだろうが、彼女の場合はもっと1曲1曲、歌詞やアレンジ、そしてDr・沼澤尚/B・鈴木正人/G・山本タカシ/Key・山本隆二/Cho・新居昭乃といった名手たちが繰り出すふくよかなアンサンブルと共振しながら、身振り手振りはもちろん、その声の響きから言葉の発音までがらりと色を変えていく。
たとえば“Green Bird Finger.”でのアッパー&ミステリアスなボーカリゼーションと、“happy go lucky”のグルーヴィーでいたずらっぽい声とはまるで違うし、たとえば“シャボンボウル”の《届かない 届かない まあるい形》というフレーズでのイノセントでストレートな歌い方と、同じくシンプルなスロウ・ナンバーである“忘れものの森”の《あなたが散った あとは 今も なんにもない》という歌詞を歌う時の凛としたシリアスな歌い方はまったく別物だ。あの独特の声色を軸にして不動の表現世界を確立することもできるはずだが、そんな自分のカラーに甘えることなく、1つ1つの感情や言葉に対して全存在をなげうつほどの勢いでアイデンティファイして己の形を変え、時に歌で高ぶり、時に沈み、時に嘆く。そして、そういったバリエーション豊かな歌が折り重なることによって、色鮮やかな「安藤裕子の世界」ができあがっていく……という構図が、この日のライブからもはっきり浮かび上がってきた。
「最終日! この一個前が大阪で、これまでの人生でいちばん大きなところだったんですけど、今日はもっと大きいです」と、5,000人近くが集まった巨大会場を見渡して語る彼女。歌っている時はあれだけたおやかな全身芸術家っぷりを見せていた安藤裕子が、MCになると「かれこれ10年くらいステージに立ってるんですけど……しゃべりは全然うまくならないですね」と借りてきた猫のように申し訳なさそうになるのも可笑しい。が、「歌って便利ですね。普段あんまり話さないんで……音楽だと、一生言わないような、『愛してる』とかも言えるから」とか、「自分の人生ですから、守られるよりは、ボロボロになってでも自分で立ってるほうが楽しいです」と、時折彼女のシャープな気持ちが顔を覗かせて、思わずドキッとする。
“Lost Child,”のヘヴィな空虚感。“海原の月”でのやわらかな包容力。“パラレル”の、会場の空気をびりびり震わせるほどの鬼気迫る絶唱。“The Still Steel Down”の狂おしい葛藤。まるでドラマチックな映画を何本も観ているような彼女のアクトは、オーディエンスを「魅了」……を通り越して「圧倒」していた。「今回は、安藤裕子の選りすぐられたベストな曲が、ベストになるように、旅を続けてきました。私は死ぬほどネガティブなので、すぐ絶望とか口にしますが……今日は素直に『うれしい』と言っておきます」という彼女の言葉に、温かな拍手が湧き上がる。そして、“聖者の行進”の彼女の渾身の歌声と、ヘッド・バンギングのような激しいアクションでもって、本編は幕を閉じた。
アンコールでは、自身の1stシングル曲となった“水色の調べ”、そしてデビュー・ミニアルバムのタイトル曲でもある“サリー”を披露。そして、Key・山本隆二と安藤裕子だけが残ったステージ。静かに歌い上げられた最終曲は、たった15秒のCMを通して一気に彼女の存在を知らしめた名曲“のうぜんかつら(リプライズ)”。「また修業して帰ってまいります」と彼女は言っていた。彼女の「その先」にはどんな音楽が広がっているのか? そして、8月2日のROCK IN JAPAN FESTIVAL(初出演!)ではどんなアクトを見せてくれるのか? 早くも楽しみで仕方がない。(高橋智樹)
1.はじまりの唄
2.安全地帯
3.み空
4.Green Bird Finger.
5.happy go lucky
6.さみしがり屋の言葉達
7.あなたと私に出来ること
8.シャボンボウル
9.忘れものの森
10.SUCRE HECACHA
11.Lost Child,
12.海原の月
13.TEXAS
14.パラレル
15.The Still Steel Down
16.隣人に光が差すとき
17.聖者の行進
アンコール
18.水色の調べ
19.サリー
20.のうぜんかつら(リプライズ)