リトル・ブーツ @ 渋谷duo music exchange

リトル・ブーツ @ 渋谷duo music exchange
リトル・ブーツ @ 渋谷duo music exchange
リトル・ブーツ @ 渋谷duo music exchange
リトル・ブーツ @ 渋谷duo music exchange - pic by Yuki Kuroyanagipic by Yuki Kuroyanagi
昨年、YouTubeを始めとするソーシャル・ネットワーキング・サイトに様々なアーティストのカバー映像をアップしたことで人気に火がつき、アルバム・デビュー前にしてBBCが毎年期待の新人を発表している「BBC Sound of Music 2009」で1位を獲得し、一気に世間の耳目を集めたリトル・ブーツことヴィクトリア・ヘスケス。

といっても彼女はまっさらの新人というわけでもなく、2007年まではデッド・ディスコという大学の音楽仲間3人で結成したインディー・ポップ・バンドで活動しており、何枚かのシングルをリリースしたり、あのリーズ・フェスティバルにも出演したりしていたそうだ。この頃にリリー・アレン作品の共作者/プロデューサーとして有名なザ・バード・アンド・ザ・ビーのグレッグ・カースティンに出会っており、彼のプロデュースによりこの6月にデビュー・アルバム『ハンズ』をリリースしている。8月のサマーソニックに続いて2度目の来日となる今回の渋谷duoは、彼女の日本での初単独公演となる。

マイク・スタンドの隣にそれと同じ高さで彼女の代名詞とも言えるヤマハ製の楽器「TENORI-ON(テノリオン)」が設置されたステージに現れたリトル・ブーツは、銀色の髪とよく合った光沢のあるひざ丈のワンピースに、肩のところが大きく膨らんだボレロというお姫様のようないでたち。その小柄な体躯(152cmだそうだ)と自宅での演奏映像などから華奢な感じのイメージを抱いていたのだが、ライブが始まると、その勝手な先入観はすぐに崩されることになった。

リトル・ブーツは1曲目の“アースクウェイク”から、向かって左にドラム、右にシンセサイザーのサポート・ミュージシャンが配されて中央が大きく空いたステージを縦横に駆け回り、最前列まで出てきては観客と一緒に拳を突き上げ、身体の芯から響いてくるような伸びのある声で畳み掛けるように歌詞を繰り出していく。見た目は本当に普通の25歳の女の子なのだが、そのステージングからはほとんど母性的とも言えそうな、一瞬で会場を掌握してしまうエネルギーが溢れてくる。

“メドル”、“チューン・イントゥ・マイ・ハート”、“ニュー・イン・タウン”とアルバム収録曲の中でも人気が高い曲が続き、5曲目の“クリック”の後では「なんか暑くなっちゃったわね」と言ってボレロを脱ぎ捨てる。音に合わせて明滅するLEDボタンが楽しい上述のテノリオンの他にも、首から下げたスタイロフォン、テルミンの機能もついているキーボード、星形のタンバリンなど様々な楽器を駆使しながらライブを展開していくリトル・ブーツ。アルバムからの2ndシングル“レメディ”では、オーディエンスに「ちょっと手伝ってくれる?」と訊ね、会場全体にコーラスを歌わせて曲を盛り上げた。

アンコールでは、「今日はせっかくの日本でのライブだから、テノリオンを作った人を招いたの。だからちょっと緊張しちゃってるのよね」と言って2階席に来ていたヤマハと共同でテノリオンを開発したメディア・アーティストの岩井俊雄氏を紹介し、テノリオンと歌だけで曲を披露しようとするが、何度か失敗してフロアの笑いを誘った。ラストはホット・チップのジョー・ゴダードがプロデュースを行ったデビュー曲“スタック・オン・リピート”。

ライブを観て初めて気づいたけれど、彼女の音楽は曲全体に占める歌の量がかなり多い。開演前のBGMで流れていたソフト・セルの古典曲“テインテッド・ラヴ”と同じように、イントロ以外はもうほとんど歌いっぱなしなのだ。ジャンル分けとしてのエレクトロうんぬんの以前に、とにかく歌が入ってくる。そこには彼女が10代の頃に合唱隊やジャズ・オーケストラで歌っていたことも関係しているのかもしれないけれど、それはまた、あるインタビューでインディーとメインストリームという区分けについて質問された際に「そんなものはただの形にすぎないし、そんなものが実際あるにしても両者はいつも同時に互いを養い合い、壊し合っているのよ」と答える彼女が、歌の力そのものに寄せている信頼の表れのようにも感じる。各メディアで好評だった『ハンズ』については「必要以上の境界を越えようとするという失敗を犯している」と言う批評家もいたみたいだが、リトル・ブーツは境界なんて1つも越えようとしてはいないのだと思う(境界の存在そのものを否定しているわけだから)。彼女がその限りなくポップな歌によって越えようとしている境界があるとすれば、それはおそらくステージとフロアの間に横たわっているものなのだ。(高久聡明)
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