アーティスト

    Yacht. @ 渋谷 O-WEST

    Yacht. @ 渋谷 O-WEST
    昨年12/2にニュー・アルバム『MOL』をリリースし、その翌日からツアーを敢行してきた大阪出身の4ピース・バンド、Yacht.。東名阪のファイナル・シリーズではそれぞれにゲスト・アクトを迎えてのステージとなっていて、今回レポートする東京公演ではインディーズ・デビュー前から親交があったというUNCHAINが招かれたりもしていた。そして、先に結論から書いてしまうと、今回のステージはパフォーマンスの素晴らしさはもちろん、オーディエンスの温かなムードもあって、何とも感動的なファイナルになったのだった。

    まずはUNCHAINがステージに登場。巧みなアレンジとファンキーなグルーヴを宿しつつ爆発するUNCHAIN独特のロック・サウンドで、オーディエンスの心と体に火を点ける。ちょうど一か月前にリリースされたばかりのニュー・マテリアル「The World Is Yours」からの楽曲も交えながら、フロントマンの谷川が「今日は精一杯楽しんで行きましょう!」と煽っていた。激しいアクションとともにブンブンと力強いベースを弾き倒している谷は、Yacht.のベーシスト=山副と同郷出身なのだそうだ。高い演奏技術に支えられた彼らのソウルフルでダンサブルなパンク・サウンドが次々にフロアへと投下され、あっという間ではあったけれども計8曲、がっつりと会場を温めてくれた。

    そしていよいよ、大きな歓声の中に笑顔まみれのYacht.メンバーが登場する。それぞれポジションに着くと、『MOL』のオープニング・ナンバーでもある高速パンク・チューン“We’ll Get Around”からスタートだ。オー、と疾走しながらボーカル・ハーモニーが折り重なってゆくさまが気持ちいい。続く“MOL”においても、4人のメンバーが一丸となって歌に向かってゆく。特に、ステージ上手から大日野、井戸、山副と並んだ前線3人がそれぞれの位置で楽器を抱えスタンド・マイクに向かう姿は、Yacht.の表現スタイルを視覚的にも表していて、すごくカッコいいと思う。

    「エンジン全開でぶっ飛ばしていくかんねー! まだ足んねえぞー!」と井戸が煽り立て、山副のベース・ラインがグイグイとドライブしてゆく“Surfin Fish”へ。まさに60年代アメリカ西海岸のサーフ/ハーモニー・ポップを取り入れたYacht.の楽曲だが、こうしてモダンな音圧とバランスでステージが成立することで、新鮮な刺激となって聴く者に伝わってくるのだ。“LOVE&HUG”では、《All right! Take your chances!》という威勢のよいフレーズがフックとなり、オーディエンスにも伝播してゆく。

    「今回のツアーのテーマは“笑顔”で、ウチは思いのほか不器用なバンドだってことに気付いて。どんな姑息な手を使ってでも笑わしたい」とギタリスト・大日野。すると、それを受けたドラマー・藤本が「今日来てくれたUNCHAINにしたって、演奏技術ではまったく敵わないし。あ、でも、絶対俺らでも勝てる、というポイントを見つけたんよ。(UNCHAINの)谷川くん、すっごいサイン下手なの。それ言ったら相当根に持っていたから、あとでサイン貰ってあげて。レベル・アップしてるかも」と笑いを振りまいていた。確かに、個々の演奏技術という点では、Yacht.は高度なものを持っているわけではない。しかし、それがバンドという形で「せーの」と音を放つということになれば、演奏の粗さ/いびつさすら魅力に変わってしまうロックの魔法が彼らには働いている。音楽の不思議なところである。むしろ、ズルイ、と突っ込まれても致し方ないのは、Yacht.のようなバンドの方だ。彼ら最大の武器である甘いハーモニー・ワークにしても、その決して端正ではない、もんどりうって転がるようなロック・サウンドと交わることで、まるで音の弾幕のような「攻め」のための武器へと姿を変えるのだ。

    ダーティーなR&Bテイストや、暴走機関車の如しウエスタン・スウィングなど、バラエティ豊かな楽曲にオーディエンスの体が弾け続ける。「音に乗るってのは、本当に気持ちいいですね。何がどうとか、そんなんどうでもええやんけ!」と井戸。まさにそういうことだ。ただし、「どうでもええやんけ!」というその台詞を、世界中のすべてのロック・バンドが口に出来るわけではない。「どうでもええやんけ!」と言えるだけの何かを持っているかどうか。それがYacht.をYacht.たらしめているものだ。山副は声を張り上げ過ぎて中盤あたりから喉がキツそうだったが、オーディエンスのハンド・クラップやシンガロングにも支えられつつ、4人は本編ラストの“The sound of surging wave”までを駆け抜けていった。

    アンコールではUNCHAINとの合同セッションによる“Eden”が披露されるなど豪華な一幕があったが、その後ダブル・アンコールで登場した4人に、フロアのオーディエンスから何かが手渡されている。中央にYacht.のロゴ・マークをあしらい、その周囲がファンからの応援の寄せ書きで埋め尽くされた、手作りのフラッグである。これは、いいなあ。「こいつ、泣くぞ。すぐ泣くからこういうの」と藤本が井戸を茶化している。「いや、これもなんだけど、今回、途中で事情があって辞めなきゃいけなくなったスタッフの人がいて、本人も悔しそうだったんだけど、今日は観に来てくれて。いろいろあった後に再会するのって、すげえいいと思う。俺らは人気もないし技術もないけど、こんなにたくさんの人が来てくれるねんな」と涙を隠さずに語る井戸であった。そして最後は、“Nap’in Pop!”の一斉ジャンプで大団円へ。まだまだ長い航海の途中にいるYacht.だが、これまでの彼らの想いやエネルギーがすべて吐き出されたような、濃密な今回のステージであった。
    (小池宏和)
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