関東では瞬間最大風速14メートル強の春一番が観測されたこの日、mudy on the 昨晩にとっての初シングル作品「YOUTH」のリリース・ツアー『なんと!三盗』が、ファイナルを迎えた。各地で帯同してきたTHE NOVEMBERSに加え、uri gagarnも駆けつけてサポート・アクトを務める新代田FEVER。この三者三様に個性が際立ちまくった顔ぶれが、まずは異様な一夜である。
最初にステージに立ったのはuri gagarn(ユーリ・ガガーン)。group_inouのMCでもあるcpこと威文橋がボーカル/ギターとしてフロントマンを務める3ピース・バンドだ。ベーシストの英&ドラマーのカワムラによるフィジカルなリズム・セクションに、威文橋の独特の文学性を孕んだ歌が乗る。演奏の粗さも目立つが、それにも増して自己表現の世界観がときに絶唱という形を成して迫って来る。ポスト・ハードコア的なロック・サウンドで、メロディの走り方といい「草食系なブラッドサースティ・ブッチャーズ」といった感じだ。リズム・セクションの2人は昨年加入したメンバーだが、爆発力のある曲展開をがっちりと支えていて、英の顎から玉になった汗が無数に滴っていたことも印象的であった。
続いてはTHE NOVEMBERSの登場。“アイラブユー”の幻想的で美しいバンド・アンサンブルでパフォーマンスを開始した彼らは、次第次第に熱を帯びてゆくステージングを展開していった。赤い照明に照らされる中での“こわれる”は視覚的にもエモーションが増幅されて目に映り、そして彼らが3月10日にリリースを予定しているニュー・アルバム『Misstopia』から披露された新曲2曲は、どちらもブライトで力強い、能動的に獲得される希望の形を描き出すような曲だった。ほとんど寡黙と言っていい小林が「終電を逃した女性がいたとしてですね、まだ終電に間に合う男に〈俺はソファで寝るからいいよ。泊まっていきなよ〉と誘われた場合、大概ソファ・ベッドなので気をつけて下さい」と絶妙のタイミングでネタを投下する。うまい。ラストは轟音の中、小林がギターを床に叩き付けるエキサイティングなパフォーマンスで幕となった。
いよいよ、mudy on the 昨晩である。ステージ上手からフルサワがフロアに向かって身を乗り出しつつ煽り、硬質で攻撃的なバンド・アンサンブルの中を桐山の情感豊かなギター・フレーズが走る。シングル収録の“N/J”では感傷的なサウンドの物語が、強弱・緩急の激しいシフト・チェンジに呑み込まれてゆくようだ。3本のギターとベース、ドラムスによる彼らのインスト・ロックは、複雑極まりない展開と入り組んだアレンジで構成されているが、ライブではそれを丁寧に再現する演奏をするのではなく、まるで自分たちで作り上げたものを破壊するような勢いで弾き倒してゆく。完成した楽曲の、その先にある新しい命に更に手を伸ばすように。“ミグルス”の、変態的と言っていいほどの生々しい躍動感といったらなかった。
「いいんですよ別に。インストだからといって喋っちゃいけない、笑っちゃいけない、とかないんですから」とフルサワが不敵に笑う。歓声や笑いのリアクションが追い付かないほど、呆気に取られてしまう凄まじいパフォーマンスなのである。「アルバムの中の、大事な曲をやります」と、来る3月3日リリースの初フル・アルバム『pavilion』から新曲もプレイされた。ドラマティックなメインのテーマに、森ワティフォの狂ったギター・リフがダイブしてゆく。混ぜるな危険。そんな言葉が脳裏をかすめ、そして焼け野原と化した情景が、美しく目に映る。そんな印象の曲である。さまざまな感情と、さまざまな物語が入り乱れて放たれるmudy on the昨晩のインスト・ロックは、もしかするとバラバラにとっ散らかった膨大な情報を、世界を俯瞰するエンターテインメントなのかもしれない。本編最後の“YOUTH”を聴きながら、そんなことも思った。
「新曲をズドーッとやってもさあ、みんなは分からないじゃん。そんなことない? じゃあ、もうちょっとズドーッとしてるやつ、やります(笑)」と、アンコールではアルバム収録曲が更に1曲、披露される。こちらは、壮大なワルツが壊れたターンテーブルの上で悲鳴を上げつつ高速回転しているようなロック・ナンバーであった。まさに音と感情と物語のパビリオン。彼らはアルバムをリリースした後、それを携えての次なる全国ツアーも既に予定している。
(小池宏和)
mudy on the 昨晩 @ 新代田FEVER
2010.02.25