4thアルバム『スポーツ』のリリース・ツアー、『東京事変live tour 2010 ウルトラC』の東京公演、国際フォーラムのホールA、2デイズの1日目。
まだ全然ツアーは続くので、セットリストのネタバレはNGでお願いします、とレコード会社に言われましたが、言われずとも書きません! あと、照明や構成なんかの演出の細部も含めて、一切書きません! 書きませんとも、ええ! と言いたくなるライブでした。
なんか予感がしたので、関係者受付でもらったセットリスト、あえて見ずにライブに臨んだんだけど、「いやあ、見なくてよかったあ!」と、本当に思った。
この曲で始まって、次はこれをやって、その次はこう進んで……という、曲の並び。その、曲と曲とのつながり、あるいは曲と曲との間のブレイク。1曲ごとの照明。照明以外のいろんな演出。などなど、もうすべてがすごいというか、完璧というか、1曲始まるたびにいちいちもう「おお!」「うわ!」って驚くというか、ええと、なんていえばいいのかなあこれ、とにかくもう、ほんと細部にわたるまで、そして始まってから終わるまで、ステージの上で起きていることのすべてに、意味がある感じなのだ。必然がある感じなのだ。「なんとなくこうなってます」「とりあえずこうしてみました」が、ゼロな感じなのだ。
具体的に書かずに伝えるのが、大変に難しいが、たとえばですね。
すばらしい演劇って、客電が落ちて、ステージの照明がついて、始まった瞬間、どの役者が舞台のどの位置に、どっちを向いてどんなポーズで立っているか、それ自体にもう意味があるじゃないですか。視覚的に、くるじゃないですか。それを観た瞬間に「おお!」ってなったりするじゃないですか。
って、私の場合松尾スズキさんの作品がそれですが、というか松尾さんの作品しかほぼ観たことないんですが、それにとても近いものを、感じるライブだった。
つまり、なんというか、もう音が出る以前の話になってきますが、椎名林檎、亀田誠治、刄田綴色、伊澤一葉、浮雲の5人が、ステージのどの位置に立って(もしくは座って)、どんな首や肩や腰の角度で、どんなふうに楽器を弾いているか、歌っているか自体に、既に意味がある。
そういうライブだったのです。そういう意味で演劇的というか、映画的というか、ステージが常に、1枚の絵を観ているような状態。
いや、別に、芝居をしたり、曲ごとにどんどん立ち位置を変えたり、派手な演出があったりするわけではない。基本的には、同じ立ち位置で演奏し、歌っているだけの、かなり淡々とした、ステージだ。
なのに、それが照明などの演出によって、もう1曲ごとに違う絵になっていく感じなのだ。で、時々、その「基本的に同じ立ち位置で淡々と」というフォーメーションではなくなる場面があるんだけど、その瞬間、ステージ上で進行しているストーリーががーん! と変わって、観ているこっちに、すさまじいカタルシスが押し寄せたりするわけです。「おおおー!!」ってなるわけです。
とりあえず私、中盤で1回、本編後半で1回、アンコールで1回の計3回、背中全面に、鳥肌立ちました。
ってこれ、演奏とか歌のこと、全然書いてないライブレポートだな。いや、もちろん歌もプレイもアンサンブルも、あとPAも(これも具体的に書けないけど、やっていることにいちいち意味があるのです)、えっらいすばらしさだったんだけど、ある種、それは前からそうだった。
でも、ここまで延々書いたような、演出とか構成とか見せ方の面に関しては、東京事変って、前はこんなバンドじゃなかったと思う。前回のツアーのZEPP TOKYOも観てるけど、もっとこう、普通のロック・バンド寄りだった記憶があります。こんな、総合芸術というか、総合エンタテインメントみたいなライブじゃなかったよね。どうしたんだろう、一体。
そういえば、椎名林檎が2回短く挨拶した以外は、MCも全然なかった。でも、終演後にスタッフにきいたら、ツアー前半では、ふんだんにしゃべっていたそうです。
きっと、ツアーを続けていくうちに、「あ、このライブ、しゃべる必要ないわ」と気づいたんだと思う。確かに、口で説明したり解説したりする必要が、まったくないライブだった。
これから観るみなさん、ぜひお楽しみに。あと、このライブ、ツアーのどの日のかはわからないけど、DVDになって8月に出るそうなので、それも楽しみです。
これ、もし仮に、引きの1カメ回しっぱなし編集なしで、撮っただけの映像だったとしても、相当おもしろいと思う。そんなことはしないとも思いますが。(兵庫慎司)