18時10分、喝采を浴びて3人がオン・ステージ。最後部の真っ赤なドラム・セットに吉岡、左前方に白シャツ&太めのボトムス姿の新田がベースを構え、その右サイドに江沼がカーディガンにスリム・ジーンズ(本当に、嫁に見習わせたいほどスリム!)という出で立ちでスタンバイ。青白い薄明のなか、3人はしっとりと“東京”を奏ではじめる。まだ本調子ではないのだろう。ちょっとフラットしそうな危ういテンションの江沼のボーカルだが、それはあらゆるノイズを遮断するように場内に響き、クアトロをどこからも隔絶された“ボクらだけの世界”へと一変させる。あらためて思う、なんて鮮烈で、繊細で、説得的な歌声なんだろう!と。オーディエンスは身動ぎもせず、描かれるその歌世界を細部まで凝視するように聴き入っている。続く“からっぽ”では、吉岡の勇猛なドラミングに駆られてフロアはゆっくりと胎動をはじめ、場内の熱気は次第に上昇。さらに続けて3曲目の“はずれた天気予報”へ。江沼のノドはいよいよ調子を上げ、身も心も貫くような鋭利さでもって聴き手の深部に切り込んでいく。ふと客席を見渡すと、大勢のお客さんが――大切な箴言を記憶の襞に刻み込もうとするように――リリックを口ずさんでいて、ライブ中はシンガロングと呼べる合唱こそなかったものの、非常に個人的なレベルで歌が届いていることを感じさせた。とても親密なコミュニケーションが生まれているのだ。
中盤には、このツアーを振り返って江沼がMC――
「ツアーで2週間くらい東京を出てまして、その間いろいろありましたね。美味しいものがあるわけですよ、地方には。それをみんなで食べるんですよ。すると、どんどん太ってきて。ね? ずっと2週間も一緒にいると、仲も悪くなってきて(笑)。俺と吉岡くんが同じ部屋になることが多かったんですけど、俺はライブ終わってホテルに帰ってきて、寝たいわけですよ、疲れてるから。(吉岡を指差しながら)ず~っと誰かと電話してて。いま言うけど、あれはちょっとキツかったよ(笑)。ぜひ謝ってもらいたい」。
思いがけぬ内部告発に、かたくなに沈黙を貫きとおした吉岡だったけれど(笑)、“大人がいないのは明日まで”のラストでは、ドシャメシャに打ちつける饒舌なドラミングで観る者を圧倒。“ゆれて...”での骨太なグルーブ感、あるいは“後悔”で魅せたような、あるべき場所に句読点を配置する的確さも備えた彼のドラマーとしての向上が、このツアーのひとつの成果としてバンドにもたらされていたように思う。(次なる課題は、脱・長電話!? 笑)
3人の緊迫したパフォーマンスを息を呑みながら聴き入り、演奏が終わると我に返ったように拍手と歓声が一時に沸き返るという、そんな相互補完的にして濃密なコミュニケーションのもとライブは進行。ストイックに、誠実に、ひたすら演奏を届けるような寡黙な印象のステージだったけれど、終盤には江沼が(途中で「恥ずかしいからナシにします!」と一時中断しながらも)慎重に言葉を選んでアルバムに込めた想いを語っていた――
「『理想的なボクの世界』というアルバムを出しまして、そのツアーなんですけど、まぁ偉そうなタイトルを付けやがってっていう感じなんですけどね(笑)。みなさんにもありますよね? 理想とかって。理想だけじゃなくて、夢とか、目標とか……要するに、カッコつけたいわけじゃないんですけど、頑張ろうってことなんです。でもみんな、頑張ってますよね? 頑張ってない人なんていないですよね……。でも、俺はもっと頑張ります!」
そう宣言する江沼を温かく後押しするように、オーディエンスは万雷の拍手を捧げたのだった。
トータル16曲を演り切って深々とお辞儀をして3人が退場し、終演を知らせるアナウンスが場内に流れても、フロアからはアンコールを求める声がしばらくは鳴り止まなかった。そう、plentyは観るたびに飢餓感が増幅されてしまうような、やっかいな中毒性を秘めたバンドだ。7月3日からの『ボクの世界』ツアーでも多くのリスナーを虜にすることだろう。(奥村明裕)
<Set List>
01 東京
02 からっぽ
03 はずれた天気
04 理由
05 ゆれて...
06 よわむし
07 ボクのために歌う吟
08 後悔
09 栄光にはとどきそうもない
10 その叙情に
11 匿名
12 大人がいないのは明日まで
13 明日から王様
14 拝啓。皆さま
15 少年
16 枠