場内に踏み入れた瞬間、一風変わったステージ風景が目に入る。左側にこたつ、中央に椅子とサイドテーブル、右側に大きな液晶テレビが置かれたステージ。その周りにアコギやスティール・ギター、譜面台などが置かれている。さらに開演時刻の数分前、アナウンスされたのは星野源本人による前説。「えー、本公演に際しての注意点を星野源が生でお送りします」という言葉に、客席からクスクスと笑いが起こる。この瞬間から、場内はプライベートで気取らない空気が流れる星野源の部屋へとトリップした。
「ずっと前から部屋をコンセプトにしたライブがやりたくて。曲を作るときは家で深夜にギターを弾きながら作っているんですけど、今夜はそんな感じを味わっていただければと思います」と述べて、“たいやき”へ。曲を披露してはサイドテーブルに置いたマグカップのドリンクで喉をうるおす星野源は、席についた観客にコール&レスポンスを求めたり、「トイレ行きたい人はどうぞ」と言ったりと、あくまでマイペースなスタンスを崩さない。その肩の力が抜けたホストぶりに、「星野源の部屋に招かれたら、こんな風にリラックスした贅沢な時間が過ごせるんだろうなぁ」としみじみ思ってしまった。
そしてライブもいよいよ佳境。ステージにひとり残った星野源が、再び弾き語りスタイルで“変わらないまま”をしめやかに歌う。さらに本編ラストを飾った“グー”“くらだないの中に”が素晴らしかった。“グー”に入る直前、星野はこんなことを語っていた。
「まだまだ大変な時期は続くけど、震災以降、延期が続いていた都内のライブハウスでも徐々に公演が再開されています。こうやって少しずつ、普通を取り戻していきたいと思います」
そうだ。今回の災害でたくさんの「普通」の営みが奪われてしまったように、「普通」を維持し続けることは決してたやすいことではない。それを肝に銘じているからこそ、星野源はありふれた日常を愛でるように歌う。そのはかなさを、大きな喪失感を込めて歌う。そんな彼の優しさと厳しさが、ラスト2曲にはギッチリと詰まっていたからだ。初期衝動に任せたロックンロールやエモーショナルなバラードのような派手さはないけれど、確かな真理が刻まれた歌とメロディ。その説得力の大きさに改めて驚かされるとともに、聴く者の背中を本当に強く押してくれるのは、きっとこういう歌なのだろうと深く感じ入ってしまった瞬間だった。
アンコールでは“ブランコ”“くせのうた”を弾き語りでプレイ。これでライブ終了かと思いきや、星野源がステージを去った後に再び大久保さんのVTRが。「良かったわ~、グッと来た。源の部屋を堪能できた。でもまだ足りない……っていう強欲な人は、明日も来ればいいじゃない。……えっ? 明日売り切れなの? じゃあダメじゃない! 源、ちょっと出てきなさいよ!」という彼女に促され、再びステージに現れた星野が客席に深々とおじぎをして、2時間強に及ぶライブは幕を閉じた。
終盤には、SAKEROCKも含めて今後さまざまなライブやイベントを企画していることも語られた。こうして、「普通」を取り戻すための星野源の営みは、ゆっくりと着実に進んでいくようだ。(齋藤美穂)
1.歌を歌うときは
2.子供
3.キッチン
4.選手
5.茶碗
6.たいやき
7.ばらばら
8.ひらめき
9.湯気
10.だから私は嫌われる
11.家出
12.次は何に産まれましょうか?
13.ここに来る
14.老夫婦
15.ただいま
16.スーダラ節
17.穴を掘る
18.変わらないまま
19.グー
20.くだらないの中に
アンコール
21.ブランコ
22.くせのうた