「多重録音技術を前提に一人が複数のパートを歌い、最高で8声のハーモニーを奏でる」というテーマと、クロッシング・ハーモニーの理論(詳しくはオフィシャル・サイトのインタビュー参照http://www.salyu.jp/salyuxsalyu/main.html#/interview/1)を背景に持つ『s(o)un(d)beams』では、一聴して分かるように声を使った実験に多大な時間と労力が注ぎ込まれている。また、「salyu × salyu」という新しいプロジェクト名や2人のSalyuを写した左右対称のアートワークは、このアルバムの声の実験が通常の「メインボーカル+コーラス」という主従関係ではなく、複数の互いに対等な歌声を用いたものであることを端的に示してもいる。
いわばかなりの程度までスタジオ志向を持った、レコーディングありきのこのアルバムをライブで一体どのように演奏するのだろう?
というのが開演前に一番楽しみにしていたことだったのだが、演奏が始まってからはそういう実際的なことは全く頭に浮かんでこなかった。
照明が暗転して会場が静まり返ると、Salyuがステージに1人で現れ、Janeの1983年のアカペラ曲“It's a Fine Day”をカバーする。それからステージの一番前に置かれたメトロノームを鳴らし始めたのを合図に、バックバンドの高井康生(G)、ASA-CHANG(Dr)、鈴木正人(B、Key)の3人と、Salyuの合唱団時代からの友人だというコーラス隊「salyu × salyu sisters」(と命名したのだそうだ。向かって右から山崎絵梨子さん、山口裕子さん、Salyuを挟んで木村圭見さん)が登場。そのままメトロノームのリズムに合わせて“ただのともだち”に入る。
お揃いの白のワンピースと白い靴を身につけ、髪型も合わせた4人の声の、4人でありながら4人ではないような、何かひとつの大きな生命が息づいているような凄みに鳥肌が立つ。Salyu以外の3人は、歌だけでなくタンバリンやクラベスやウィンドチャイムやその他さまざまな小型の打楽器をコーネリアスのプロダクション通りに絶妙なタイミングで差し挟む。単色系の照明も、シンプルながらも力強くステージを引き立てている。
「最後まで好きな気持ちで、好きな気分で楽しんでってください。よろしくどうぞ」と、歌の緊張感とは対照的にリラックスした様子で話すSalyu。アップライト・ベースとスライド・ギター、そして木村さんのハープに乗せて歌われた“心”、Salyuひとりがステージに残り、奇抜なヴォイス・パーカッションからスタートして10声前後の歌を同時録音で重ねていった“歌いましょう”、キャンドルを持った4人が無伴奏で歌ったコダーイの合唱曲“天使と羊飼い”(ツアー・パンフレット付録のCDに収録)など、アルバムの枠にとらわれないパフォーマンスで『s(o)un(d)beams』の世界を拡げていく。
Lily Chou-Chouでのデビュー曲“グライド”や昨年リリースされたシングル“新しいYES”を聴くことができたのも嬉しかったけれど、圧巻だったのはやはり“Sailing Days”、“s(o)un(d)beams”、“奴隷”といったsalyu × salyu名義の楽曲。時に溶け合って一体になって前進し、時に追い駆けあい、拮抗して発熱する4つの声に強く心を揺さぶられながら、どうして合唱のハーモニーはこれほど人に直接的に訴えてくるのだろうかと頭のどこかで考えていた。
「salyu × salyuって、1stアルバムなんですよ。で、曲がなくなっちゃったんで、Salyu曲をやります」と話し、グッズ紹介と客席とのコミュニケーションを挟んでからの1度目のアンコールで最後に披露されたのは“to U”。いつもと同じ雨と風の匂いを持った春を迎えることが叶わなかった2011年の私たちにとってショッキングなほどのリアリティを持っているこの曲は、ローズ・ピアノ風の伴奏とともにSalyuが1人きりで歌ったという点ではライブ本編との統一性を欠いたものなのかもしれない。
しかし、この曲で歌われる「愛」の「本当の意味」が、私たちは音楽を含むさまざまな手段を通じた心の交感なしに生きることができず、他人同士でありながら他人同士ではないということであるならば、今夜私たちはハーモニーを「耳にした」だけでなく、より広大なハーモニーの「一部になっていた」と言えるのだろう。曲が終わった後に会場をひたした一瞬の静寂と、それに続く降りそそぐ雨のような拍手の中で、ひとつの大きな生命が息づくのを確かに感じた。(高久聡明)
セットリスト
1. It's a Fine Day(Janeカバー)
2. ただのともだち
3. muse'ic
4. Sailing Days
5. 心
6. 歌いましょう
7. 天使と羊飼い(コダーイ作曲)
8. グライド
9. レインブーツで踊りましょう
10. s(o)un(d)beams
11. Hostile To Me(Lali Punaカバー)
12. 新しいYES
13. Mirror Neurotic
14. 奴隷
15. 続きを
アンコール1
16. HALFWAY
17. to U
アンコール2
18. Hammond Song(The Rochesカバー)