高橋優@渋谷公会堂 

高橋優@渋谷公会堂 
「今日は追加公演にお越しいただき、本当にありがとうございました。みなさんからのご要望あってこそ実現した追加公演。路上で歌っていた頃は、誰に望まれていたわけではなく自己発信していただけで…その頃を考えると、本当に幸せな時を過ごさせていただいたと思っています」

アンコールで再登場した時、彼は感極まった口調でこのように語っていたが、当レポートでお伝えする6月30日のライヴは、7月1日に予定されていた渋谷公会堂公演がソールドアウトになったことを受けて、急遽その前日に追加されたもの。彼自身にとって初のホールツアー、題して「高橋優全国ツアー ~この声って誰? 高橋優じゃなぁい?2012」は各地でもソールドアウトの連続で、この日の追加も至極当然の成り行きのように思えたが、しかし彼にとっては意外であり同時に感激もひとしおで、それはアンコール時に限らずライヴ中何度も「追加公演です、ありがとうございます」と口をついて出ていたことからも明らかだった。それくらいの感激とともに楽曲が放たれるライヴは、当然のこと終始エモーショナルな熱気に満ち溢れており、彼の心底に潜む「熱さ」や「激情」が一気に顕わになったステージに。同時に初挑戦となるホール・サイズ・ライヴへの心配りもしっかり感じさせる、彼にとってのライヴの在り方を、また一歩進めたものになっていた。

ライヴのスタートは、この春のアルバム『この声』と同じく、行きどころの無い感情を爆発させるかのような、彼のエレキギターによる轟音ソロ“序曲”で幕を切って落とされる。場内が暗転するや、ステージの幕も上がらないうちから突如耳をつんざくエレキギターのパワーコードが鳴り響き、続いて幕にバックライトに照らされた彼の姿が大写しのシルエットで出現するいきなりのホールらしい演出に、場内は早速大歓声が沸き起こっていく。

バンドの演奏が始まるとようやく幕が上がり、曲はアルバムと同じく“蛍”へ。ミントブルーのジャズマスターというカラフルなギターを持った高橋は、一見スタイリッシュな佇まいで初の渋公という晴れがましさを感じさせるものの、曲は刺々しい言葉を矢継ぎ早に繰り出してくる性急なもの。「こっちの水は甘い?/苦い?」「孤独を知るほどに愛する人の尊さを知る」等々、混沌とした世間の中で張り裂けてしまいそうな胸のうちをマシンガンのような言葉の連射で叩きつけてくるナンバーで、早速先制パンチを食らわしてくる。続く楽曲も、これまたファースト・アルバムの中でも言葉数の多さと速さで突出していた「終焉のディープキス」。ハッピーエンドの映画もビター・エンドのそれも、どちらにせよ拭えないやるせなさは同じという、これまた揺れ動く気持ちに苛まれる心境を濃縮した楽曲が続く。本人含む6人編成のバンドサウンドも(全員が高橋のような黒縁眼鏡を着用。バンド名は「その眼鏡、伊達なんじゃなぁい?バンド」)、前のめりのスピード感で場内を一気にヒリヒリした緊張感へと誘っていく強気の展開だ。

唐突なまでのたたみかけ攻撃を食らって興奮というよりはやや混乱気味だった場内だが、しかし最初のMCになると先に述べたように、今度は彼自身の追加公演の喜びを抑えきれない気持ちが炸裂する。

「今日は、追加公演へお越しいただき誠にありがとうございます。初のホールツアーですから、椅子もあるのでゆっくり聴いてただけると思います。ですので!今日は沢山の曲をやろうと思います。1階の一番後ろの人、見えてますよ。2階の一番後ろの人、見えてます。ということは、全員丸見えです!」

と、どこまでも笑顔の絶えない口調が延々と続いたのだが、嬉しい時は素直に嬉しい顔をする、そんな実直さもリアルタイム・シンガーソングライターであるところの彼の本懐。そこからはハーモニカの響きも可愛らしく、携帯メールの顔文字に感情を込める少年少女を歌った“雑踏の片隅で”、そしてゆっくりしたメロディーでシンプルに何度も「I Love You」と繰り返す“HITO-TO-HITO”へと続く展開へ。冒頭の押し倒し攻勢とはガラッと変わった、市井の人間としての平穏を願う楽曲群で温かな空気を醸し出し、そのまま代表曲“福笑い”へと繋げていくメニューで、まずは前半のピークを笑顔とともに完成させていく。

すっかり場内の意志疎通が出来あがったところで、ちょっと長めのMCタイムに。ここで「せっかく椅子があるんですから」とオーディエンスを一回座らせる彼。しかし「ホールで全員が座るとこういう眺めなんですね…意外に寂しいので、やっぱり立って下さい。(場内、苦笑)いや、嘘です! 今回のツアーのお約束事です」とやや手の込んだ進行ながら場内をさらに和ませると、そこからはホール・ライヴの中盤らしいリラックス・コーナーへ。「今日、初めて高橋優のライヴに来たという方はどれくらいいらっしゃいますか?(場内を見渡し)ありがとうございます。はじめまして、高橋優です」と丁寧に語りかけたり、彼にしてはユーモラスなツアー・タイトルになった経緯についても詳細に説明し(彼がそれを喫茶店で考えていたら急に店内BGMが彼の曲になって、その時隣にいたカップルの会話が、男「この声って誰?」女「高橋優じゃなぁい?」という会話だったそうです。それが忘れられなくなったのは、2人がその後しばらく高橋優の話をする中、彼のことを「オンタイム・シンガーって言われてる人」と語っていたそうで、流石にこの時は「ちゃんとリアルタイム・シンガーソングライターと言ってもらえるようにならなければ」と思ったそうです)、ホールだからこそオーディエンスとの距離感を懸命に縮めようとする姿勢を見せる。そんな緩いエピソードに続く形で登場したのは「明日からもよろしくね」と平熱感を大切に歌う“あなたとだから歩める道”、そして信じたい気持ちはあっても信じられるものが少ない、それでも唯一確かな気持ちである「君が好き」という一節がリピートされる“ほんとのきもち”等、深く染みわたる言葉を持った楽曲で一層真摯に語りかけていく。

そして、後半に差しかかると「座って聴いていただくのは、ここまでです。熱くひとつになっていきましょう。皆さん、お元気は残っていますでしょうか?」という丁寧語の焚きつけから、曲は“絶頂は今”そして“蓋”とライヴ映えを想定して作ったというパワーナンバーが大音量でここぞとばかりに登場する。「真面目そうに見られます。でも不真面目な自分もおります」(“絶頂は今”)、「一人きりの休日。何をして過ごすかは俺次第、可能性は無限大」(“蓋”)と不敵な俺様節ナンバーが連発されるタイミングで、ステージ背後には「Takahashi Yu」と記された電飾が目映い光を放ちながら上方から出現。場内が一気に沸き立つ様子を確認するや、彼もギターを肩から外しタンバリンを片手にステージ前方に繰り出しオーディエンスとの距離を物理的にも縮めていく作戦まで登場。さらにはインディーズ時代の少しく卑猥なナンバー“頭ん中そればっかり”を投入。「足の付け根」「胸の谷間」といったきわどい歌詞の部分では手の動きまでなにやら「そればっかり」なご様子で、こんなところでも躊躇の無いパフォーマンスを見せつけ場内を沸かせる。そして真摯に熱唱するナンバー“想いよ、届け”では「熱い想いを受けっていただきたいんです!」と、この熱狂に至っても相変わらず言葉は丁寧というアンバランスさが可笑しかったりもするのだが、しかしそういういびつさに怯まないところが高橋優。最後にはタオルを手にオーディエンス一体となって懸命にぐるぐる振り回し続けるという思い切りの良さまで披露し、すっかり汗みどろというなかなかにレアな光景まで突っ走る。それでも最後は、自身を落ち着かせるように「巡り会えた喜びを讃え合えたらいいなと思います。そんな願いを込めて最後に歌わせてください、“卒業”」と丁寧に語り「どんな過去にも敵わない今」をしめやかに歌い、深いお辞儀とともに本編を締め括った。

アンコールで登場した彼は、今日何回言ったのかわからないくらいに、改めて追加が実現したことの喜びと感謝を語り、そしてお知らせとして初めて映画の主題歌を担当したことを報告。8月に公開される映画『桐島、部活やめるってよ』のために書き下ろした新曲“陽はまた昇る”をリリース前に早速披露するサービスぶりを見せる。「愛も平和も他人事」と醒めた日常を歌う中にふと愛しい人の存在を垣間見る楽曲は、映画あらばこその楽曲とはいえ実は彼の歌のベーシックな部分に改めてフォーカスを絞ったもの。今こういう楽曲が登場したことに場内は大きな安堵感、そして今後への期待感を募らせたようで、歌い終わった後には殊の外大きな拍手が沸き起こる。そんなムードをフォローアップするように、続いて登場したのは穏やかなメロディーが眩しい“花のように”。場内全体が明るく照らされる中、「虹のかかる景色に巡り会うまで歌っていく」というメッセージで大団円に相応しいおおらかさを作り上げ、そして最終曲には、夜明け前=新たな始まりを歌った“セピア”を披露。ギターを置き、バンドのシンプルな演奏の中、マイクスタンドにしがみつくようにして「僕らの絆、消えないように」とソウルフルに歌うド直球のラヴソングも今夜は一層逞しく響く。最後「また会いましょう」だけではなく「東京で、また近々ライヴをしたいと思っています」という意味深長な一言を残して、追加公演という特別なステージは幕となった。(小池清彦)

セットリスト 
0 序曲
1 蛍
2 終焉のディープキス
3 誰がために鐘は鳴る
4 雑踏の片隅で
5 HITO-TO-HITO
6 気ままラブソング
7 福笑い
8 あなたとだから歩める道
9 靴紐
10 ほんとのきもち
11 一人暮らし
12 サンドイッチ
13 誰もいない台所
14 絶頂は今
15 蓋
16 頭ん中そればっかり
17 現実という名の怪物と戦う者たち
18 こどものうた
19 想いよ、届け
20 卒業

EN1 陽はまた昇る
EN2 花のように
EN3 セピア
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