TOUR 2013 “オオカミ青年”
昨年10月17日に待望のソロ・ファースト・アルバム『オオカミ青年』をリリースした藤巻亮太。その全国ツアー「TOUR 2013 “オオカミ青年”」の5本目となるTOKYO DOME CITY HALL公演。これまでアルバム発表前にもかかわらず新曲だらけのワンマン・ライブをやったり、各地の夏フェスに出演したり、シングル・リリース・ワンマンをやったりと精力的な活動をしてきた彼だが、リスナーに楽曲が浸透したタイミングで、作り込んだ世界観を提示するライブとしては、今回のツアーがはじめてとなる。アルバムにみなぎるエネルギーが凄まじかっただけに、それがいかに生で表現されるのか気になるところでもあったが、この日観たライヴは、いい意味でその期待を裏切る結果となった。なにしろ、アルバムの世界はもとより「その先」にある新たなソロ・アーティスト=藤巻亮太の姿が、頼もしいぐらいに提示されていたのだ。
まだツアー中のためセットリストの詳細を明かすことはできないが、この日プレイされたのはアンコール含め全20曲。2枚のシングルと1枚のアルバムを合わせた既発曲が13曲だから、残り7曲が未発表の新曲ということになる。まずはこのラインナップに驚いた。すでにライブで披露されている曲もあるから、何曲かは新曲が演奏されるとは思っていたけど……まさか7曲とは。既発の13曲+2・3曲程度の新曲だけでも、ソロ・アーティスト=藤巻亮太の「今」を十分提示できるはずなのに、何故こうも出し惜しみなしなのか。MCでは「アルバムの曲だけやって1時間ぐらいで終わったら、みんなブーイングだと思うので」と言っていたけど、そんな藤巻らしい律儀なサービス精神だけが理由じゃないことは、ライブが始まってすぐにわかった。
藤巻が軽く右手を上げておもむろにスタートした1曲目から、堰を切ったように溢れ出る音の数々。場内を駆け巡る赤や青のレーザー光線と相まって、濁流のようにうねるグルーヴが容赦なく押し寄せてくる。まるで、母体から生まれ落ちたばかりの赤子が勢いよく産声を上げる感じ。アイデアというアイデアが骨太な音になってビュンビュン飛び交っているような“ハロー流星群”や“キャッチ&ボール”しかり。喜びやワクワクをカラフルな音で弾けさせた“ベテルギウス”や“パーティーサイズ”しかり。そして、心のコアに深く潜り込むような生々しくてディープな音が渦巻いていた“月食”や“オオカミ青年”しかり。バンド時代に良くも悪くも自らに課していた制約や固定観念から解き放たれ、純粋な表現欲求をむき出しにした藤巻亮太そのもののような音が、どの曲でも鳴っていた。そこから透けて見えるのは、藤巻亮太というソロ・アーティストが今まさに大きな上昇気流に乗っていること。憑き物が取れたような瑞々しい感性で、湯水のように新曲を生みだすことができる現状のよさがうかがえる。新曲7曲を含むこの日のラインナップも、そんな彼の確かな自信の表れだろう。

しかし。この日披露された新曲すべてが、アルバムの流れを汲んだ自由で解放的なものであったかというと、ちょっと違う。勿論ソロだからこそできたであろうマニアックなアレンジやゴリっとした音をふんだんに取り入れた挑戦的な曲もあったけど、聴き手の心に真っ直ぐ飛び込み、大きな輪を描いていく普遍的な匂いをもったバラードもあったのだ。それはまるで、“3月9日”や“粉雪”のような。そして、それらの新曲を披露した後のMCが、「このアルバムに至るまでは、バンドからの流れもあって、胸のモヤモヤしたものを吐き出したいという気持ちで作った曲が多かったんですけど。その吐き出した先に、『それでもやっぱりみんなと音楽を楽しみたいな』という気持ちが自然と芽生えてきて。それを表現した曲をやりました」というもの。これを聞いて、彼の表現者としての業のようなものを感じずにはいられなかった。長いバンド活動の中でいつしか凝り固まってしまった己の感性を刺激すべく、好き勝手に創作をした先に見えてきた、それでもやはり人と繋がりたい、共有したい、という想い。ソロ・アルバムで自らの膿という膿を出し切ったことで、そんな想いが彼の中でより強く固まったに違いない。終盤に披露されたバーッと視界が開けるようなアッパーな新曲の数々には、そんな想いがキラキラと乱反射していて目がくらむほどだった。
アンコールでは、弾き語りの曲とバンドを交えてのスケールの大きな曲を披露。ぴったり2時間、藤巻亮太の歌とソング・ライティングの力に改めて感服させられた、素晴らしい一夜だった。そしてなにより、彼のみなぎる創作意欲も。「このツアーは8公演だけだから短くて寂しいです!」と言っていたけれど、またパワフルな新曲を携えて私たちの元に戻ってきてくれる日を、楽しみに待っていたい。(齋藤美穂)