HCWのトップ・バッターはヤバい。そんなジンクスに漏れずいきなり驚かせてくれたのが、ブルックリンの男女デュオであるビューク・アンド・ゲイスだ。2013年には、ザ・ナショナルのデスナー兄弟らが主宰するレーベル〈Brassland〉からセカンド・アルバム『ジェネラル・ドーム』を発表している。女性メンバー=アローン・ダイヤーが使用するウクレレ基盤の6弦楽器がビューク、男性メンバー=アロン・サンチェスの使用する6弦のベース改造ギターがゲイスと、メンバーのニックネームはハンドメイド楽器の名前も指しているらしい。つまり人=楽器なのである。新作のオープニングを飾っていた“Houdini Crush”からパフォーマンスがスタートし、捩じれながらもソリッドに響くフレーズの交錯、ビュークの凛としていながら伸びやかなヴォーカルが相まって、観る者をぐいぐいと惹き付けてゆく。ゲイスがキックするバス・ドラムの音色も炸裂音のように刺激的で、ロック・アクトとしてのムードを助長していた。これからの活躍が期待される若手アクトにとって、スタジオコースト開催という大きな舞台がどう影響するかと思っていたが、そんな心配は彼らが持ち合わせたロックな芸人魂で易々と吹き飛ばされてしまった。「また来てもいい? ヤクソク?」と小指を差し出すビュークの仕草も可愛くて困る。もちろん、再来日熱望である。
続いてはこの日唯一、米国以外からの参加アクト。ロンドン出身のキング・クルエルことアーチー・マーシャルによる、傑作『シックス・フィート・ベニース・ザ・ムーン』を携えてのステージだ。「コニチハ」と半ばぶっきらぼうな感じで挨拶してギターを抱え、本人含め4人のバンドで“Has This Hit?”を歌い出す19歳である。見た目はまだやせっぽちの少年のようだが、その嗄れた声一発でキング・クルエルの時間が紡がれていく。イジケたりふてくされたりをこじらせ過ぎたら、ベテランのブルースマンみたいになってしまったような声。不穏でアップリフティングなスウィンギン・ロックンロールに、トーキン・ブルースが火を噴く“A Lizard State”の盛り上がりも凄まじかった。アルバムはトリップ・ホップ〜ダブステップのエレクトロニックな要素を踏まえつつ、オーガニックなサウンドも盛り込まれた作風だったが、ステージでは実力派のバンド・メンバーと共にジャズ/ファンクなセッションを繰り広げる。“Ocean Bed”や“The Krockadile”のライヴ感は、メロウな音にささくれ立ったヴォーカルが映えてまた面白い。これが何を示すのかと言うと、キング・クルエルの表現はその歌声を核にして、どこまでも自由に可能性が広がっているということだ。音源はそのヴァリエーションの一部にしか過ぎない。彼自身のギター・プレイは、正直、雰囲気重視で割と拙いものだったけれど、その辺りも伸びしろとして今後が楽しみだ。終盤には“Easy Easy”でオーディエンスの歓声を浴び、軽く左手をかざして「ドウモアリガトウ〜」と去ってゆくキング・クルエルは、未来を期待させてやまない若者だった。
思い返せば第1回HCWの、初日トップを飾ったアーティストこそが、このアイダホ出身のユース・ラグーンだった。その鮮烈なパフォーマンスの記憶は、今も容易く呼び起こすことが出来る。セカンド・アルバム『ワンダラス・バグハウス』を携えての今回のステージは総勢4名のバンド・セットで、ユース・ラグーンの機材ラックは柄物のカバーで覆われている。パフォーマンスの見せ方にも成長が伺えるヴィジュアルだ。新作の夢幻ポップ“Mute”が美しいハーモニーに彩られながら響き渡り、キーボードにパッドにと手を伸ばしながら、少年の声を冷凍保存してしまったようなヴォーカルが届けられる。エクスペリメンタルなバンド・サウンドの中から突き抜けて来るその歌声が、随分力強くなっている点にも驚かされた。ソロ・ユニット名が象徴する、孤独な若い魂を彼岸のように見つめてしまう楽曲は、まるでビートルズ“ア・デイ・イン・ザ・ライフ”のクライマックスが延々と続くような、ぶっ飛んだスケール感に変貌していた。前作の“Cannons”のような曲でも、それは然りである。ギタリストはフィードバック・ノイズをもたらし、分厚い轟音の最中から、ときおりユース・ラグーンらしい珠玉のメロディが顔を覗かせる。最終ナンバーの“Dropla”が強いビートに乗って果てしなく高揚する一幕まで、一貫して過剰なイマジネーションに支えられた、ユース・ラグーンの現在地であった。
女子4人の嫌味なく見目麗しい佇まいと、そこで鳴らされるサウンドが完璧に一致していて、ただ心地良く酔いしれるばかりだったのが、ウォーペイントのパフォーマンスだ。力むことなく、ナチュラルに湧き出る生理的な拒否反応を歌うオープニングの“Keep It Healthy”からしても、この4人のロック娘たちの健全さは明らかだったろう。ポスト・パンクやダブを参照しつつ、ロック・バンドの音を自分たちの声の一部として自然に使いこなす彼女たちには、フラッドがプロデュースしたセルフ・タイトル作『ウォーペイント』のハイファイな質感がドンピシャリだった。代わる代わるヴォーカルを担い、そして自由なペースでサウンドスケープを生み出すエミリーとテレサ。そして、ジェニーとステラによる素晴らしいリズム・セクションの活躍も、目を見張るものがあった。オーディエンスと笑顔で言葉を交わし、「踊りたい? 準備は出来てるかしら?」と繰り出されるのは“Disco//Very”。ちょっとそこまでと自転車に股がるように、或いはコーヒーを飲みながら片手でスマホを操作するように、カジュアルな手つきでクールなロックを扱う彼女たちの正しさには、本当に惚れ惚れとさせられる。テレサが歌い出すと慌ててギターを手に取るエミリーの姿は微笑ましかったが、クライマックスは歓声を浴びて“Undertow”から“Elephants”と過去曲も持ち込んでフィニッシュである。
第7回HCWの2日間を締め括るのは、バンドとしては今回が2度目の来日となるザ・ナショナル。2010年作『ハイ・ヴァイオレット』以降は名実共に米国の国民的バンドとなった彼らだけに、こうして触れる機会を設けてくれたことには幾ら感謝しても足りないほどだ。もちろん新作『トラブル・ウィル・ファインド・ミー』も素晴らしい作品だったが、ザ・ナショナルという時間を共有することにこそ、最大の意義があると言っても過言ではないだろう。ワインを注いだカップを手に、スーツで決めたマットが、軽やかなロックンロールの中でおずおずと語るように“Don’t Swallow The Cap”を歌い出す。もうその姿だけでジーンとさせられる。続く“I Should Live in Salt”の歌い出しで、勝手にむせ返っていたのには大笑いだった。鍵盤とホーン・セクションのサポートを含めた豊穣なバンド・サウンドは素晴らしく、デスナー兄弟は熱くギターを奏でながら、ひっきりなしにクラップを誘ってオーディエンスを巻き込んでくれる。そんな中で、ヴォーカル・パートの無いときはうろうろと居心地悪そうにステージ上を徘徊し、ファンにプレゼントされたというワインを「とてもおいしいよ」と語りながらガブ飲みし、何度もマイク・スタンドの高さを変えてみたりして落ち着かないマットである。
新作曲“Sea of Love”はエモーショナルで壮大なナンバーだが、マットがいよいよ本領を発揮し始めたのは中盤の“Afraid of Everyone”辺りからだろうか。なんという酔拳ロックンロール。情けないやらかっこいいやら。ご機嫌にマイク・スタンドをなぎ倒し、“Abel”でパンキッシュな爆走を繰り広げては叫ぶように歌声を上げる。右肩上がりに会場まるごと加熱し続けた本編終盤、《We’re half awake in a fake empire》とリフレインする名曲“Fake Empire”ではさすがに泣きそうになった。が、オーディエンスが激しく足を踏み鳴らして求めたアンコールにおいても、その熱気は途切れない。マットはフロアに足を踏み入れて揉みくちゃになりながら“Mr. November”を歌い、ステージに戻ったかと思えば前線にワインを振り撒いてしまう。最後は、“Terrible Love”での大喝采から、デスナー兄弟によるアコギ+ホーンのアンプラグドで、“Vanderlyle Crybaby Geeks”大合唱である。世界を救うのは俺じゃないが、君を救うロックンロールはある。そんなザ・ナショナルの、歓喜に埋め尽くされたステージであった。
半ば約束のように分かち合われる喜びもあれば、驚くべき出会いに恵まれることも多々ある。そんなHCWは、既にニュース記事でも取り上げられているとおり(こちら→http://ro69.jp/news/detail/97259)、6月21日及び22日に次回開催予定。ぜひとも、出演者の発表など、続報をチェックしていただきたい。(小池宏和)