1963年にデビューし、元祖ガレージ・ロックともいわれるポール・リヴィア・アンド・ザ・レイダーズのリーダーでキーボードのポール・リヴィアがアイダホ州の自宅で10月4日に他界した。享年76だった。死因などは明らかにされていないがポールはここ1年がんとの闘病を続けていたとゴシップ・サイトのTMZは伝えている。バンドのオフィシャル・サイトによるとポールは静かに息を引き取ったという。レイダーズは1963年にリチャード・ベリーの"ルイ・ルイ"のカヴァー・シングルでデビューを果たし、その後60年代を通して"キックス"、"ハングリー"、"グッド・シング"、"ヒム・オア・ミー"とトップ10入りを果たしたシングルを4枚送り出すことになったが、バンドにとって最大のヒットとなったのは71年の"嘆きのインディアン"で見事1位も獲得した。ポールの名前(本名はポール・リヴィア・ディック)がアメリカの独立戦争で活躍した実在の人物ポール・リヴィアと同じだったため、18世紀の軍服風の服やロングコートをまとうことが多く、「ロックンロールのマッドマン」としてもよく知られていたとビルボード誌は振り返っている。ポールは自身の病状を生前オフィシャル・サイトで次のようにも触れていた。「健康上の問題がいくつかあったのは確かだけど、なにものもこの老人を止めることはできない。ぼくはエネジャイザー・バニー(アメリカの家庭用電池のブランドのエネジャイザーのマスコット・キャラクターのうさぎ)のようにツアー・バスに飛び乗っては町から町へと、スーツケースいっぱいにレイダーズの楽曲とタイトなパンツと悪趣味な冗談を詰め込んで渡り歩くんだよ。ちなみにどれも医者には止められてるんだけどね!」なお、この時のメッセージでポールは医者の勧めに従って次回のツアーには参加しないことを明らかにしていた。"嘆きのインディアン"のビデオはこちらから。
https://www.youtube.com/watch?v=zQ6RjP7MlXk
