【コラム】大森靖子、道徳に揺さぶりをかけるその全身芸術について

【コラム】大森靖子、道徳に揺さぶりをかけるその全身芸術について

当日の現場にも居合わせたのだが、大森靖子のメジャー進出後初となる全国ツアーの終盤、2015年4月26日公演を収めた映像作品『❤爆裂!ナナちゃんとイく ラブラブ洗脳ツアー❤~ノスタルジック中野サンプラザ~』は、何度観ても衝撃が薄らぐことのない作品だ。周知のとおり彼女は、4月29日の沖縄・特別公演で同ツアーを締めくくると、5月5日に、公式ブログ上で妊娠5ヶ月を迎えていることを発表した。ツアーの来場者に心配をかけないよう、そのタイミングで発表した、とのことだった。

にわかには信じがたいニュースだった。その数日前に観た彼女のステージは、まさに全身全霊をかけたパフォーマンスで、魂を削り出すような凄まじい内容だったからだ。ステージ上の大森靖子は、死に物狂いでしかあり得ない。新しい命を体内に宿した彼女の決断と行動が正しかったのかどうか、僕にはわからないが、大森靖子とはそういう人なのだ、という、絶対的な事実だけが残されている。

現在発売中の『ROCKIN’ON JAPAN』11月号に掲載された今回の映像作品のディスクレヴューで、僕は「確かにライヴ映像を収めているのだけれど、壮絶なドキュメンタリーのようにしか見えない作品だ」と書き出している。今になって思うのは、この作品が「残されていなければならない記録」だということだ。大森靖子自身は、ただ心配させたくない、という一心で妊娠の報告を控えていたのだろう。しかし結果的に、この映像は彼女の人生の中でも、恐らく決定的な一場面となる時間を収めている。

道徳的に常識的に正しいのかどうか、そんなものさしさえ振り切った場所で、彼女は圧巻のライヴを繰り広げた。そもそも、我々は道徳や常識や正義といった「多数派意見」から自由でいられる人だけをアーティストと呼び、そんなアーティストたちの行いをアートと呼んでいるはずだ。今回の映像作品は、「あの日のライヴ」以上の意味を持った記録である。そしてそれは、大森靖子の人生の一部をありのままに切り取ったアートである。正しいのかどうかは今でもわからない。わからないが、心からの賞賛を贈らずにはいられないのである。(小池宏和)
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