【コラム】今こそ、もっと小田和正を!ーーオールキャリアベスト『あの日 あの時』を聴いて

【コラム】今こそ、もっと小田和正を!ーーオールキャリアベスト『あの日 あの時』を聴いて

『Oh! Yeah!』(1991年)、『伝えたいことがあるんだ』(1997年)、『自己ベスト』(2002年)、『自己ベスト-2』(2007年)に続き、自身5作目となる小田和正のベストアルバム『あの日 あの時』。オフコース時代の楽曲のセルフカバーからソロ最新曲“wonderful life”“風は止んだ”に至るまでの足跡を3枚組・50曲にわたって網羅した今作で、小田が週間アルバムチャート1位の最年長記録を再び更新したことはご存知の通りだ。

小田はこれまでにもオフコース曲のセルフカバー盤2作品『LOOKING BACK』(1996年)&『LOOKING BACK 2』(2001年)を発表しており、収録楽曲自体はその2枚と重複するものもあるが、単なる再録ではなく随所に「今」の目線で手が加えられているほか、“眠れぬ夜”“心はなれて”といった新録トラックも収められていて――という今作のラインナップの随所から、オリジナルアルバムにも劣らぬ途方もない労力と、それを支える揺るぎないミュージシャンシップが滲んでくる。

それこそ1970年代と2010年代の時代性の相違を差し引いても、オフコースのデビュー当初から小田和正の楽曲は「蒼さ」「情熱」「衝動」といったファクターとはほぼ無縁で、むしろそういった部分をいかに濾過して高純度のメロディを結晶させるか、ポップミュージックの中にどれだけ凛とした普遍性を獲得するか、というシビアな求道精神にこそ彼の本質があった。小田自身を時代の表舞台に押し上げた“ラブ・ストーリーは突然に”(1991年)の《君を誰れにも渡さない》といった王道ラブソング然としたポップ感も、彼の音楽世界の大きな要素ではあるが、今や小田和正といえば《時を越えて君を愛せるか》(“たしかなこと”)という透徹した歌の輝度と強度を、ほとんどの方がより鮮明に思い浮かべることだろう。

今回の『あの日 あの時』には収録されていないが、オフコースの名盤3rdアルバム『ワインの匂い』の最後に、小田作詞作曲による“老人のつぶやき”という曲が収められている。《大空へ 海へ 故郷へ/私はもうすぐ 帰ってゆく》《私の短い人生は/私の生き方で 生きたから/もういちど若い頃に/戻りたいと思うこともない》……『ワインの匂い』の発売は1975年。暮れ行く晩年のセンチメントを歌ったこの曲は、小田がまだ28歳の時にリリースされた楽曲である。それだけ若さや蒼さ、快楽性とはまったく別のところから音楽の美を追求していた当時の姿勢がよくわかるし、ソロになってからも過去曲含め自身のソングライティング/アレンジを常にアップデート&再構築し続ける「今」のアティテュードをも黙示録的に象徴してもいる。そして――“老人のつぶやき”から40年以上経った今、「アルバム首位最年長記録更新」という金字塔は同時に、小田和正の68歳という年齢をいやが上にも僕らの眼前に突きつけてくるのである。

もちろん、僕らが見る限り小田はまだまだ元気だし、ツアーのたびに巨大なステージの花道を隅から隅まで疾走しているのはファンならずとも有名な話だろう。だが、40年前に“老人のつぶやき”で穏やかに歌われた「老人」の視線と、リアルに年を重ねた後の小田自身の姿がシンクロする――そんな避けようのない瞬間は、遠からず訪れてしまう。『あの日 あの時』のオールキャリア全力網羅ぶりには取りも直さず、こうした「小田和正大総括」的なリリースの機会は今回で最後になってもおかしくない、という意識が少なからず影響していることは想像に難くない。

『あの日 あの時』を携え、まさに今日・4月30日から全国48公演に及ぶアリーナツアー「KAZUMASA ODA TOUR 2016 君住む街へ」を開催している小田和正。《生まれて来た そのわけは/今もまだ 分らないけど それでも/生きてゆく その意味は/少しだけ 分ったかも しれない》(“風は止んだ”)……デヴィッド・ボウイ、プリンスをはじめ、時代と文化を作ってきたアーティストが相次いで世を去ってしまった2016年という時代にあって、9月には69歳になる小田が今なお日本のポップミュージックのトップランナーとして、この時代に最高の歌を届けてくれる喜びと重みを、僕らはもっとずっと強く噛み締めるべきだと思う。(高橋智樹)
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