miwa2万字インタビュー第一弾を公開――生い立ちから「miwa」になるまでのすべて

miwa2万字インタビュー第一弾を公開――生い立ちから「miwa」になるまでのすべて

2017年2月28日(火)発売の『ROCKIN'ON JAPAN』4月号は、miwa初の表紙巻頭で、デビューから現在までを語る2万字インタビューが掲載されます。実は今回のインタビューは第二弾で、2015年4月号の特別付録「miwa 2万字スペシャルブック」には、生い立ちから「miwa」になるまでの2万字インタビューが掲載されていました。RO69では、2万字インタビュー第一弾から一部抜粋してお届けします。

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普通に考えたら、堅い会社に就職する人生ですよね(笑)

――小さい頃に葉山に住んでいたと聞いていたから、写真撮影も葉山でロケしようということだったんだけど一番古い記憶って何か覚えてる?

「小っちゃい頃、よく階段から落ちる夢を見てて。それはよく覚えてますね」

――じゃあ葉山時代の思い出っていうと、夢の記憶が一番強いのかな。

「あとは、一軒家の家のことを覚えてたりとか。坂があるところだったので、雪が積もった時はそこでそりをした記憶があったりとか。あと、ピアノを習ってて。幼なじみの子のお母さんがピアノの先生をやってたので、その子の家で一緒にレッスンを受けて。まあ弾くほどのことでもないんですけど、まだ指が動かないので」

――それはいくつぐらいの時?

「2~3歳ぐらいでしょうね」

――その頃のことは覚えてる?

「残念ながら、ピアノを弾いてた記憶が全然ないんですけど、“ドレミのうた”を歌ってたなっていうのはすごい覚えてます。カードに音符がドって書いてあって、ドの音を聴いて、それがドって当てる、音感を鍛える遊びをやってたりとか。それは絶対5歳よりは小っちゃい頃の記憶ですね。あと、家にサンタさんが来たことがあって」

――……お父さんですか?

「わかんないんですよ!(笑)。親に訊いても記憶が古すぎて。母親もすっごい忘れっぽい人だから。とにかくそれが衝撃的で。玄関から入って来たんですよ。普通に昼間に」

――昼間に? それお父さんじゃないの?(笑)。

「お父さんだったのかな(笑)。それか保険会社の人とか、銀行の人とか? わかんないけど」

――明るい子だったんですか?

「明るい子でした。うん」

――人気者になるタイプじゃない?

「うーん。クラスでモテる子は女の子らしい子だったんで、私はもっと、超強い女の子を筆頭に、男の子に混じって校庭でガンガン遊ぶようなグループで、よくドッジボールとかやってました。どっちかっていうとほんとは引っ込み思案なのに明るいグループに所属しちゃったみたいな」

――クラスでの役割としてはどんな役割なんですか? 学級委員とか?

「学級委員にはなってないと思います。でも、まあどっちかっていうと、先生に頼りにされるような優等生っちゃ優等生な感じでした」

――それが嫌になってしまうことはなかったの?

「優等生っていう役割を嫌になれるわけもないっていう感じでしたね。選択肢はなかったです。成績とか落としていいっていう考えはなかったですね」

――でも周りには、部活やったり遊んだりしながら、成績悪くても楽しそうにやってる人もいっぱいいたでしょ。

「それを理解できてなかったですね。学校ってやっぱり成績で振り分けられるし、頭のいい子は先生に褒められて、勉強ができなかったり、宿題忘れた子は怒られてっていうのが当たり前だったから。できなくても幸せなんだっていう概念はなかったですね」

――はみ出したいという欲望を持つことすらなかったっていうことだよね。

「うん。だから今音楽やってるのはちょっとおかしいですよね。普通に考えたら、堅い会社に就職する人生ですよね(笑)」

――(笑)。習い事は?

「相当やってましたね。ほぼ毎日習い事。祖母が習字の先生なので習字を月2回と、スイミングスクールを小4までと、ピアノ、あと英語、ダンス、ボイトレ……そんなもんかな」

――習い事それだけやって、優等生じゃなきゃいけないっていう意識で勉強するっていうのは、幼心なりに相当ストイックだったんじゃない?

「ストイックストイック。絶対ストイックだったと思います。ストイックすぎて人に対して許せない部分が、自分の中でもすごいあるから。ヘラヘラできなかったんだと思う」

――もうズバリmiwaじゃないですか。

「いや、そんなことないですよ。今はもっと緩く生きてますよ(笑)」

――今のmiwaがかつてのmiwaに言ってあげるとしたら何て言いますか?

「なんだろう? 頑張んなくていいっていうのとも違くて。うーん……人は変わらないから、変えようとしなくていいよって言いたい(笑)」

――ははは。

「やっぱり、掃除してない子がいたら『みんな掃除してるんだから掃除しないと』とか注意しちゃう。なんでもリーダーにならされたし、先生にもすごいプレッシャーをかけられるから。小学校の自分には、そっち側の人間ていうか、騒ぐほうにいてほしいわけじゃないけど、でも騒いでる人の楽しさとかも間違ってないってことを気づいてほしい(笑)」


大事な時期じゃないですか。高2の夏って。その時期に、私は音楽に捧げたいっていうふうに決めたんですよね

――ちなみに音楽はどこから出てくるの?

「音楽は小4からボイトレに毎週通ってて。歌の発表会とか、学校生活とは別でやってましたね」

――ボイトレに通うきっかけは?

「ダンスのスクールに行ってた時に──10歳とかだったからキッズクラスだったんですけど、ボイトレも集団で受けられるっていうので受けてみたら楽しくて、ダンスは早々にやめて(笑)」

――歌った時の解放感とか、今まで知らなかった自分が出てくる感じとか、やっぱりなんかあったのかな?

「たぶん褒められたからかな。ダンスはもっとうまい子がいっぱいたけど、ボイトレはカリキュラムに入ったばっかりでみんな同時にはじめたんですよ。その中で結構褒められたから、いい気持ちになって。言われてることがちゃんとできたりとかすると」

――音楽で将来どうにかなりたいという発想はあった?

「あ、発想はありましたね。まだ曲を書いてないし、ギターも弾いてないんですけど。だからそれこそ歌手ですよね。それは小学校から思ってたみたいで、七夕の短冊に『歌手になれますように』って書いてました。憧れはあったみたいですね、ずーっと」

――優等生の役割を担ってた、それしか知らなかった自分と、歌手になりたい自分はきれいに共存してた?

「そうですね。まだそのときは、歌手になるってことが普通の道から外れてるとは思ってなかったですね(笑)」

――親御さんはなんて言ってました?

「うーん、ストイックにとらえてましたね。なんか、イチロー選手みたいな感じ。なりたいんだったらボイトレを怠らないとか、ハナから『なれないよ』って感じじゃなくて、なるためのストイックさをものすごい求められたっていう感じです。だから、楽しいっていうのとまたちょっと違ったんですよね」

――そこも厳しかったんだね。つまり、歌をやると表明した瞬間に、それもまた優等生にならなきゃいけなくなるっていう。窮屈じゃなかった?

「そうですね。はじめてギターを弾きたいって言った時も、ものすごい圧力……ギターを弾くことに対して賛成の気持ちと、『歌手になるんじゃなかったの?』、ブレてるって言われて。確かに私は歌手になりたかったけど、でも興味を持ったらやりたいっていう気持ちは捨てられないっていうか。それはときめきだし。そこにも夢を見てたから、ギター弾けるようになったら超かっこいいなって思う子ども心(笑)」

――それはいくつの時ですか?

「15歳ぐらい、中3ですね」

――「何になりたいの?」って言われて、いろいろ考えたんだ?

「そう、小学校の時は90年代だから、ダンスミュージックが流行ってて、当たり前のようにダンスをして歌う人になりたかったんですよ。SPEEDさんとかBoAさんが大好きで。でも、2003年にはアヴリル(・ラヴィーン)が出てきたし、シェリル・クロウも2004年に『カモン・カモン』を出したりして、もうすごいギター女子がドンッて台頭してきて。でも子どもは、ただ時代が変わっただけだってわからないから。『確かにブレてるかも』『私はどうしたらいいんだろう?』って悩みましたね。大人に説明できなくて」

――じゃあギターを弾きはじめることに、うしろめたさみたいなもの感じながら。

「すごい覚悟でしたよね。絶対一生弾き続けないと殺されるみたいな(笑)。『絶対ギターは弾きたいです、絶対うまくなりますから』っていう宣言をそこでしたって感じですね」

――ギター弾きはじめてから、ライブは自分でブッキングしてたの?

「はい。でもわかんなかったので。最初はほんとに、インターネットで『下北沢 ライブハウス』で検索して、出てきたとこを転々と、って感じですね」

――「ライブやりたいんですけど」って?

「それこそ予約とかもせずに、『すいませーん』みたいな感じで。下北着いてから『今やってますか?』って電話して、『いますよ』みたいな感じで行ったりとか」

――16歳の女の子がそれをやるっていうのは、相当強い動機と、モチベーションが根ざす何かがあったと思うんですけども。今振り返るとそれはなんだったんだろう?

「モチベーションは……絶対なりたいっていう気持ちですよね(笑)。あと、焦ってたんですよ。大事な時期じゃないですか。高2の夏って。進学校だったのでみんなは塾で猛勉強してて。その時期に、私は音楽に捧げたいっていうふうに決めたんですよね。10代でデビューしてる人もいるし、それに比べて自分はまだ走りだせてないんじゃないかって」

――15歳からギターを弾きはじめて、そこから2年間で人生が定まってるよね。

「ギター弾いたのは大っきかったですね。ギターの先生が“トゥルー・カラーズ”を教えてくれたりして、今まで聴いてた音楽が自分の手の中に入った気がして。ギターさえあればどこでも歌えるし、誰かに聴いてもらえるんだって、すごい強い気持ちになれたっていうのはありますね」

――それはギターをはじめて弾いた時に思ったんだ?

「そう、曲を弾けるようになった時に、それこそスタンダードな曲からやってったこともあって――ビートルズだったり、シンディ・ローパーとかキャロル・キングとか、ほんとにスタンダードなものをやってて――どこでもいろんな人に聴いてもらえるっていうことで強気になれたし、これをやりたいなっていうふうに、うん、思いましたね」

――ステージに立った時のことは覚えてますか? ライブハウスの。

「ど緊張でした。その時の音源とか、意味わかんない感じですよ。『なんとかですけど、なんとかですけど、なんとかですけど!』みたいな。『ですけど』ばっかり言ってるじゃん!って(笑)」

――でもあんまり変わらないんじゃないですか?(笑)。

「え~!(笑)」

――何感ていうのかな、うーん、カフェで友達と話してる感じっていうか。本人は無意識にやってるのかもしれないけど、でもその距離感が実はやっぱり大事なんだろうな。

「ああ、でも距離感で言うと、ほんとにありがたいなあって思うんですけど、ファンが親身になってくれるんですよ。親戚とか友達とか、そういう感覚でいてくれてるんだなっていうのがすごいわかるから。だからライブ後のアンケート、全部読むんですけど、ほんと最高のラブレターだなって思うし。私が読むからいいことを書いてるだけじゃなくて、もちろんいろんなことを書く人もいるけど、それも全部が受け止められる。だから安心して読めるっていうか。その距離感は特別だなって思いますね」

――本当にいいファンに支えられてるなあと思うよね。

「うん。まあだから、プロになりきれてないっていうのはあるんですけど、でもこれはこれでいい関係だなって。時に私は私で気を遣いすぎちゃうところがあるけど、でもそういうスターになりきれないところも含めて、いいんじゃないかと今は思ってて。たとえばマイケル・ジャクソンだったら、立ってるだけでギャ~ッ!じゃないですか。それは私はできない。だからこそいろんなとこ走り回って、全員と同じ距離で会えるような気持ちで、全員に手を振り返したいし、全員と目を合わせたいし。全員に『見てるよ、来てくれてありがとう』って届けたいって思うんですよ。私は立ってるだけでは無理だけど、それを全力で返すパワーだけは持ってると思ってて。今日はあっち側に全然行けなかったとか、あっち側盛り上がってなかったかもって気にしすぎるところもあるけど、でもそれも自分らしいかなって、今は思える」


1個の音符やひとつのフレーズとかじゃなくて、そこから発せられてる愛を受け止めて、それを感じて好きになってくれたり。そこが一番大事だと思ってます

――ちなみにmiwaさんは自分のことを明るい人だと思う? みんなに言われるでしょ、「いつも笑顔で明るいよね」って。

「うん、でもそれは難しいですね。明るいと思いますよ、普通の人よりは。テンションも高いほうだとは思ってるし、妹も母も明るいからたぶん普通よりは明るい家庭だと思うんですけど。ただ振れ幅が大っきいと思います」

――その振れ幅っていうのは、明るい時と明るくない時ってこと?

「そうです。感情の振れ幅」

――明るくない時っていうのはどういう時なんですか?

「でも大体、しんどい時ですかね。日記をたまに書くんですけど、こないだ読み返したら、『疲れた』と『しんどい』がものすごい出てきて、『大丈夫か?』って思って(笑)。だから、うーん、ラクに生きなよとは思わないけど、もっと楽しく生きないとかわいそうだって思いました(笑)」

――自分の悩みとか愚痴だって、それに価値があればビジネスになる職業なわけですよ。でもmiwaさんは絶対そうしないんだよね。

「なんでですかねえ……うーん、出したくないっていうのともまた違うんですよね。出せないっていうのもまあひとつあるし。なんだろう、出したいというふうにも思わない。もっと……なんかこんなこと言うのは恥ずかしいけど(笑)、もっと愛でつながりたい、というか(笑)。あー、なんて言ったらいんだろう! でもなんか、それって大事かなと思ってて。愛があるかないかっていうのは、一番大事なことだと」

――うんうん。

「ちょっとスピリチュアルな話であれですけど。音楽でつながるんだけど、最終的にはたとえば、1個の音符やひとつのフレーズとかじゃなくて、そこから発せられてる愛を受け止めて、それを感じて好きになってくれたりしてるんだと思ってて。そこが一番大事だと思ってます」

――そのつながり方にmiwaの哲学がある、という解釈でいいですか?

「はい(笑)」

――なんでそのつながり方にしか興味が持てないだろう?

「なんだろう……幸せになりたいからかな(笑)。幸せでいたいし、楽しい時間が多いほうがいいからかな」

――すごくシンプルな話だよね。でもそれが一番強いよね。

「プラスのもので共感が生まれてその輪ができたら、ほかの人がそれで幸せになってくれたら、その幸せのエネルギーが私のとこにも戻ってくると思うし。『ライブ楽しかったよ』って言われて嬉しいって思って、その気持ちのまま新しい曲が作れて、いい曲が生まれたらそれを聴く人がまた、『この曲超いい曲じゃん』て嬉しくなって。いい感情ってたぶん自分のとこにも返ってくるし、誰かにもまたあげられる。それを繰り返して、過ごしていきたいなって思うから。『幸せでいたい』っていうのをまとめると、そういうこと」


インタビュー=小栁大輔

『ROCKIN'ON JAPAN』2015年4月号特別付録「miwa 2万字スペシャルブック」より一部抜粋
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ROCKIN’ON JAPAN 2017年4月号
2017年2月28日(火)発売

miwa、初の表紙巻頭!! デビューから現在までを語る2万字インタビュー&ニューアルバム『SPLASH☆WORLD』全曲解説で、その曇りなき笑顔の真実を解き明かす!!

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