なぜミツキの音楽は刺さるのか? 彼女が紡ぐ「ブルーズ」の根源から考える

  • なぜミツキの音楽は刺さるのか? 彼女が紡ぐ「ブルーズ」の根源から考える
  • なぜミツキの音楽は刺さるのか? 彼女が紡ぐ「ブルーズ」の根源から考える - Mitski(ミツキ)『ピューバティー2』発売中

    Mitski(ミツキ)『ピューバティー2』発売中

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父親がアメリカ人、母親が日本人で、幼少期からコンゴ共和国、マレーシア、中国、トルコなど、様々な国で暮らした経験を持つミツキ・ミヤワキ。現在はニューヨークを活動の拠点としている彼女のソロプロジェクトがミツキである。彼女の音楽が切なさと悲しみを強く感じさせるのは、生まれ育ってきた背景と決して無関係ではない。日本生まれでありながら、日本も、もちろん父親の祖国であるアメリカも自分の国だとは実感できず、いわゆる「外人」としての自分を、これまでも、そして今も感じ続けている彼女の歌は、まるで激しく波打つ感情を静かに眠らせるために書かれているかのようでもあり、その深く染み入るような歌声には胸が締め付けられる。

ミツキの音楽は、90年代のオルタナティブ・ロックや、それ以降のUSインディーを引き合いに出されることが多く、確かに、激情的にかき鳴らされるギターサウンドなどは、そうした世代の音を彷彿とさせる部分もある。私は初めてミツキの音楽を聴いた時に2人の女性シンガーを思い浮かべた。ミツキの3rdアルバム『Bury Me at Makeout Creek』(2014年)で、彼女の歌に初めて触れた時には、なぜかPJハーヴェイの『ドライ』(1992年)を想起した。PJハーヴェイも当時はグランジと称されるシーンの中で突出した存在だったが、歪んだギターサウンドと心の内を吐露するようなボーカルが、私の中で2人を結びつけるきっかけとなったのかもしれない。

そして、遡ってミツキの1stアルバムにして、ピアノの弾き語りを軸にして制作された『Lush』(2012年)を聴いた時には、その深い歌声と美しいメロディに、コリーヌ・ベイリー・レイの温かさと儚さと強さに溢れた歌声を思い起こした。そして、なぜ彼女たちの歌は、これほどまでに切実に胸に響くのだろうかと考えたのだ。

Mitski - Townie(『Bury Me at Makeout Creek』より)

個人的な連想で書き進めてしまって申し訳ないが、そこに共通してあるのは悲しみ、つまり「ブルーズ」なのだと思った。ここで言うのは音楽ジャンルとしてのブルースではない。どうしようもない悲しみや、自分の力では抗えきれない現実という意味での「ブルーズ」。そこに向き合った時、それでも人は強くあろうとする、やさしくあろうとする、笑っていようとする──それこそが「ポップ」なのではないか、あるいは「ロック」するということなんじゃないかと思う。ミツキの歌を聴いていて、その胸を刺すような歌声から、ついそんなことを考えこんでしまった。

PJの歌にも、コリーヌの歌にも、そしてミツキの歌にも「ブルーズ」は色濃く滲んでいる。もちろんそれぞれが感じている悲しみは別物だ。PJは女性性に正面から向き合いながら自らを閉じ込める殻を破壊しようとしたし、コリーヌは自身のパートナーを失うという、これ以上はない喪失から、名作『THE SEA』(2010年)を完成させた。

ミツキは自身のナショナリティに向き合い、迷い、苛立ちながらも、心の中に湧き上がるラブソングを紡いでいく。激しさと穏やかさ、ダークとポップが両立する音楽の源泉には、やはり必ず「ブルーズ」があるのだと、ミツキの歌は改めて感じさせてくれるのである。そしてそれこそが、後々まで長く聴き継がれる名作であることの、ひとつの条件であると確信する。『ピューバティー2』はまさにそれなんじゃないかと。

Mitski - Happy

最新アルバム『ピューバティー2』のジャケットの、強烈で、それでいて凛とした強さと美しさを感じさせる写真は、彼女の音楽性そのものをとてもよく表しているように思う。乱暴に顔を白く塗ったのは、アメリカ人でもない日本人でもない自分を表現しているようにも思えたが、実際は、日本の舞踏家の化粧を真似たくて、しかし、そのやり方を教えてもらえる由もなく、けれど自分の血には日本の伝統が混ざっていることも感じている──そんな複雑な感情の表れだという(音楽ブログ『Monchicon!』の、ミツキへのインタビュー記事より)。

そして、その複雑な思いが彼女の恋愛や楽曲制作に大きな影響を与えるのは言うまでもない。『ピューバティー2』の実質的なリード曲である “Your Best American Girl”を聴いて、ミツキに興味を持った人も多いことだろう。弦の震えさえ間近に見て取れそうな静かなギターの単音と、つぶやくように静かな歌い出しから、ディストーション全開の猛烈なギターサウンドへ至るまでのゆるやかなアプローチに、心が震えない人がいるだろうか。

《私は多分どうしても/あなたの最高のアメリカンガールに/なろうとするのを止められない》(訳詞)と歌うことの悲しさは、だからこそ、この楽曲を切なく美しく響かせる。そして、すべての楽曲に漂う叙情性と哀愁は、日本人である母親の影響で好きになったという、70〜80年代の日本の歌謡曲やポップミュージックにルーツがあるというのも興味深い。

Mitski - Your Best American Girl

そんなミツキの来日公演が間近に迫ってきている。昨年12月の初来日公演は、ソロでの弾き語りライブだったけれど、今回はバンドセットでの来日で、初の京都公演も予定されている。厚みのあるバンドサウンドによって、よりエモーショナルに響くであろう彼女の歌声が、とても楽しみ。(杉浦美恵)
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