【完全解読】ノエル・ギャラガー『フー・ビルト・ザ・ムーン?』は、これを読みながら聴け

【完全解読】ノエル・ギャラガー『フー・ビルト・ザ・ムーン?』は、これを読みながら聴け

ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズのニュー・アルバム『フー・ビルト・ザ・ムーン?』がリリースされて約2週間が経ち、何度もリピートするうちにこのアルバムが耳と体に馴染んできた人もいるだろうし、未だ聴くたびに新しい発見にワクワクしている人もいるだろう。

いずれにしても、本作がノエルが齢50にして新境地を切り開いた驚きの傑作であるのは間違いない。ここでは改めて、そんな彼の最新にして異色の傑作『フー・ビルト・ザ・ムーン?』を1曲ずつ紐解いてみたい。

1. Fort Knox

カニエ・ウェストの“Power”に影響を受けて書いたというナンバー。キング・クリムゾンの“21st Century Schizoid Man”をサンプリングしている“Power”だが、たしかにあの曲に通じるダークでシンフォニックなサイファイ・ファンタジーがいきなり広がっていく。インドのラーガを彷彿させる女性ボーカルがメインで、後ろのほうで控えめにノエルの声が重ねられている。異色のオープニング・ナンバー、というか破格のアルバム・イントロと捉えたほうが適切かもしれない。

Noel Gallagher’s High Flying Birds - Fort Knox

2. Holy Mountain

70年代の一発屋バンド(というかほぼ無名)、Ice Creamのバブルガムポップ・チューン“The Chewin’ Gum Kid”のティン・ホイッスルのサンプリングを用いたことでも話題を呼んだ、本作からの先行シングル。何より特筆すべきは、この曲がティン・ホイッスルの「サンプリングありき」で書かれたということ。つまり、コードも、ヴァースも、コーラスも、全てこの素っ頓狂で愛らしいティン・ホイッスルの後付けだったということだ。これも彼が本作の制作にあたり、予め曲を書かずにスタジオ入りしたからこそで、未だかつてノエルはこんな曲の書き方をしたことはない。

かつてのノエルのレコーディングとは予め用意された完璧な曲、完璧なメロディにサウンドを肉付けしていく作業だったわけだが、本作では幾つものサウンドのアイディアを組み合わせ、完璧な曲、完璧なメロディへと集約していく、真逆の方法論が取られている。ビーチ・ボーイズのサーフなメロディにモータウンやオールディーズ・ポップ、はたまたT・レックスや『ダイアモンドの犬』時代のデヴィッド・ボウイを彷彿させるギターと、過剰なアイディアのコラージュにも思えるこの曲が、とっ散らからずに最終的に猛烈タイトでバウンシーなポップ・ソングへと集約されているのは、ノエルの新たな才能の発露だと思う。

ソングライター=ノエル・ギャラガーが天才なのは自明だけれど、本作ではそれに加えてサウンドメイカー=ノエル・ギャラガーの才能が炸裂しているのだ。それはプロデューサーのデヴィッド・ホルムズに何度もダメ出しされ、何度も発破をかけられて開花した、火事場の馬鹿力的な何かだったのかもしれないが。

Noel Gallagher’s High Flying Birds - Holy Mountain

3. Keep On Reaching

ノエルのパワフルなボーカルが堪能できるソウル・チューン。重心低めでもたるブルージーなグルーヴに鋭角に弾き込んでいく、猛烈に格好良いベースを弾いているのはジェイソン・フォークナーで、彼は本作の大半の楽曲でベースを担当している(メールのやり取りで未だにノエルとは未対面らしいが)。ちなみにジェイソンと言えばベックの現バンドのギタリストであり、ベックのニュー・アルバム『カラーズ』にも全面的に参加。その『カラーズ』はベックがグレッグ・カースティンと二人三脚で作り上げた作品であり、でもってカースティンと言えばもちろん、リアム・ギャラガーの『アズ・ユー・ワー』のプロデューサーでもある。風が吹いたら桶屋が儲かる的な、ギャラガー兄弟の繋がりに関するプチ情報です。

4. It’s A Beautiful World

前述のように、本作は完璧な曲、完璧なメロディから出発し、サウンド肉付けしていくのではなく、完璧な曲、完璧なメロディを目指してサウンドを集約していくという、これまでとは真逆の方法論で作られたアルバムだ。それによってもたらされたもうひとつの大きな変化が、ノエルの「サイケ観」の変化とでも言うべきものだ。

かつてのノエルのサイケはサウンドの肉付けを繰り返した結果、過度にビッグで重苦しいグルーヴのものになりがちだったわけだが、サウンドの肉付けから集約にシフトしたことにより、濃密なのにヌケがいい、昂揚に満ちたシンフォニックなサイケが新たに生まれているのだ。それが大正解だったことが、この“It’s A Beautiful World”を聴けば端的に理解できるはずだ。音の「重ね方」で表現する代わりに、空間での「響かせ方」で表現されたサイケ、とでも言うべきか。それは本作の全編を通してのコズミックな感覚の源にもなっている。フランス語のスポークン・ワーズを途中で配した、シネマティックなナンバーでもある。

Noel Gallagher’s High Flying Birds - It's A Beautiful World

5. She Taught Me How To Fly

ノエルは「つまりブロンディをやりたかった」と語っていたが、ブロンディからニュー・オーダーへ、つまり80年代ニューウェイヴが息づいたエレクトロ・ポップ調のナンバー。エレクトロニクスを、ダンス・ミュージックの要素を大胆に取り入れた作品とも評されている本作だが、それは2010年代後半の今日的なエレクトロやダンスとはまったく異なるものだ。ノエルにとってのエレクトロやダンスは今なおハシエンダでの体験を揺るぎない基準としたもので、80年代ニューウェイヴからマッドチェスター、そして90年代のケミカル・ブラザーズプライマル・スクリームに至る約15年間のそれに極端に寄ったものなのだ。「ぼくが愛する人、どの道を走り続けようとも、ぼくは君のもとへと帰っていく」と歌われる、歌詞にも注目だ。

本曲といい“Holy Mountain”といい、このアルバムはストレートなラヴ・ソング、女性讃歌とでも言うべきナンバーが複数収録されていて、オアシス時代から「歌詞に大した意味なんかない」と言い続けてきたノエルのスタンスに変化が見て取れるからだ。

Noel Gallagher's High Flying Birds - She Taught Me How To Fly

6. Be Careful What You Wish For

ビートルズの“Come Together”を思わせるイントロとベースラインを持つジャズ・ブルース調のナンバー。 “Fort Knox”に引き続き、たっぷりのリヴァーブに女性コーラスが際立っている。こんな渋い曲なのに、ファースト&セカンド・ヴァースで「ちゃんと本を整理してベッドの下にしまえ」、「コートのボタンはきちんと上まで留めろ」と、いきなり所帯じみたことを言い出す歌詞が面白い(実際、2人の息子に向けたメッセージだとノエルは語っている)。しかしその後は彼の子供たちが生きていく未来の世界を憂うダークな内容へと転じていく。

7. Black & White Sunshine

軽やかに宙へと解放された本作のサイケデリックには、様々なタイプのヌケの良さがある。柔らかなチェロの音色と気持ちよくドライヴするノエルのボーカルが絡み合うこの曲は、前半のスピリチュアライズド的スペース・サイケから、どこかレイドバックしたウエストコースト・サイケへと転じている。大飛躍作である本作において、前作『チェイシング・イエスタデイ』と地続きだと感じられる数少ないナンバーのひとつ。

8. Interlude (Wednesday Part1)

ここで文字通りインタールードである“Interlude (Wednesday Part1)”がインサートされ、ラストの“End Credits (Wednesday Part1)”がリプライズとなっている。もともとふたつでひとつの楽曲だったところを、中盤を切り取って2曲に分けたそうだが、結果生まれたこのリプライズ構造が、サントラ的とも評される本作の一因となっている。 ノエルがこういう仕掛けをアルバムに施すのは珍しいが、その数少ない前例として、“The Swamp Song”の一節が中盤と終盤でインサートされたオアシスの『モーニング・グローリー』を思い出した人も少なくないはず。

9. If Love Is The Law

レトロなSF映画みたいなムードを醸し出すメロトロンと、フィル・スペクターばりのウォール・オブ・サウンドが際立つ、むせ返るような多幸感に満ちたサイケデリック・チューン。しかしその多幸感と裏腹に、歌詞に目をやれば正真正銘の失恋ソングだったりするので、本当に本作のノエルの歌詞は今までとは違って(?)要チェックだ。後半のジョニー・マーのハーモニカも素晴らしいアクセントになっている。それにしても今回のハーモニカといい、敢えてディスコ・ソング(“Ballad of the Mighty I”)でギターを弾いてもらった前作『チェイシング・イエスタデイ』といい、連続してマー先輩にご登場願っているものの、なぜかマーにマーらしいギターを弾かせず、変化球をオーダーするノエルのセンスが独特。

10. The Man Who Built The Moon

本作の裏テーマであった「ノエル・ギャラガー、サイケの響かせ方を変える」の成功を祝すかのように、最後の最後で大気圏外までぶっ飛ぶようなスペクタクルを繰り広げる、エンディングに相応しいエピックなサイケ・チューン。その歌詞は、地下鉄で見かけたクエンティン・タランティーノの『ヘイトフル・エイト』のポスターからインスパイアされたという。実際に映画自体を観て書いたわけではないそうだが、エンニオ・モリコーネが手掛けた『ヘイトフル・エイト』の音楽と、本作のサウンドがわりと近いムードを有しているのが面白い。また、過度にドラマティックでダークな本曲のオーケストレーションは、『007』シリーズにおけるジョン・バリーの仕事を彷彿させるものでもある。

そう、“It’s A Beautiful World”のスポークン・ワーズといい、インタールードを挟む構成といい、本曲のオーケストレーションといい、この『フー・ビルト・ザ・ムーン?』は様々な場面で映画を想起させるアルバムだ。そして続く“End Credits (Wednesday Part1)”と共に訪れるのものも、2時間の長編映画を観た後のような未だかつてない余韻であり、それもまた、本作がノエル・ギャラガーの未だかつてない傑作である証左なのだ。

11. Dead In The Water (Bonus Track)

さて、アルバム本編は以上なのだが、問題はボーナス・トラックの“Dead In The Water”だ。何故なら、この曲がぎょっとするほどの名曲であるせいで、余韻が吹き飛んでしまうからだ。この“Dead In The Water”は2015年、前作『チェイシング・イエスタデイ』のプロモーションとして出演したダブリンのラジオ番組でのライブ・セッション音源で、番組出演の数日前に偶然書いていた曲を、セッションの余った時間にノエルが即興でプレイしたところ、それをラジオ局のスタッフがたまたま録音していた、というあまりにも無作為なミラクルの産物だ。つまり、ノエルのソングライティングとアウトプットの間に余計なプロセスが一切挟まれていない音源であり、曲そのものが、メロディそのものが剥き出しの状態で鳴っている、本作と対極の意味を持つ名曲なのだ。

この“Dead In The Water”でソングライター=ノエル・ギャラガーの天才に改めて打ちのめされた後、再び本作を頭から聴き返すと、『フー・ビルト・ザ・ムーン?』はノエルだからこそ踏み出せた新境地であり、ソングライティングの神を宿した男だからこそ踏破できたサウンド・ジャーニーであったことに気づかされるはずだ。(粉川しの)

Noel Gallagher's High Flying Birds - Dead In The Water
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