プロテスト・ソング(抗議の歌)で振り返る2017年。ケンドリックやエミネム、フィオナ・アップルetc

1月のトランプ政権誕生に始まり、100万人規模のデモとなったワシントンD.C.でのウィメンズ・マーチやマンチェスターでのテロ事件、ラスベガスのフェス会場での銃乱射事件、昨年から続くブラック・ライブズ・マター運動、そしていまだ収束を見せない映画界や音楽業界でのセクハラ告発……年の瀬に今一度1年を振り返ってみると、2017年がいかに多事多難な年であったかという事実に改めて驚かされる。

そんな2017年であったからこそ、この1年の間に多くのアーティストが抗議の声を上げ、数々のパワフルなプロテスト・ソングが生まれた。

本記事ではそんなプロテスト・ソングを通して、今年1年の政治的側面を振り返っていきたい。「Pitchfork」に掲載されたプロテスト・ソングの中から、一部を抜粋し紹介していく。


21サヴェージ - “Nothin New”


冒頭で人種差別を象徴する事件や事象のコラージュ映像が流れるミュージック・ビデオでは、薬物中毒に苦しむ黒人の少女が白人の警官に殺されるまでがショッキングに描かれている。黒人の貧困層の「何も変わらない(Nothin New)」日常が淡々と歌われた、デビュー・アルバム『Issa Album』収録曲だ。



ブロークン・ソーシャル・シーン - “Protest Song”


「私たちはただ、これまで続いてきた長いリストの一番新しいところにいるだけ。これまでにも作られてきたプロテスト・ソングの歴史の中に追加されただけ(We’re just the latest in the longest rank and file list/Ever to exist in the history of the protest song)」ーーこれまでもこれからも続いてきた、「プロテスト・ソングが生まれなければならない世界」の終わらないサイクルを朗らかなトーンで提示する1曲。

政治的トピックなどを提示しリスナーに考えさせる、もしくは抗議の声を上げるプロテスト・ソングが大半を占める中、その現象自体をテーマにするという異色の“Protest Song”だ。



エミネム - “The Storm”


10月に開催された「BET Hip-Hop Awards 2017」の授賞式で披露されたフリースタイル・パフォーマンス。

トランプ米大統領が歴史に対して無知であり人種差別的だと指摘し、今にも核戦争を始めてしまいそうなその気質を罵倒した“The Storm”の最終ヴァースでは「もし俺のファンの中に彼(トランプ)の支持者がいるなら、地面に線を引かせてもらうよ。敵と味方は交わらないんだ」とファンに告げられたことも大きな話題となった



フィーヴァー・レイ - “This Country”


スウェーデン出身のフィーヴァー・レイが歌う「この国(This Country)」が示すのがどの国であるかは明言されていないものの、人工中絶の支援団体への助成を中止したトランプ米大統領への非難の態度を明らかにする1曲。

冒頭の「私たちはこの国の常識にはもはや魅力を感じない(We’re not attracted to this country’s standards)」という歌詞が示すように、「変態ども(The perverts)」が牛耳る「この国」の政策をストレートな言葉で批判する楽曲となっている。



フィオナ・アップル - “Tiny Hands”



英語圏では嘲笑の対象となっている「小さい手(Tiny Hands)」がタイトルに冠された、フィオナ・アップルによるプロテスト・ソング。この楽曲は1月のトランプ政権誕生直後にワシントンD.C.で行われたアンチ・トランプ・デモ、ウィメンズ・マーチのために書き下ろされたもので、100万人以上が参加したというデモで女性たちが被ったピンクのニット帽「プッシー・ハット」に込められたメッセージがテーマになっている。

トランプ大統領は大統領選の期間中に出演したTV番組の収録の合間に、「俺は綺麗な女性がいたらすぐにキスするよ。遠慮なんてしない。有名人だったら、何をやっても何も言われない。彼女たちもされるがままさ。プッシーを掴むことだってできる」と発言していたところを録音され、そのテープが流出したことが話題になっていた

そうした女性蔑視発言が明らかになったにも関わらず当選したトランプ大統領への批判の一貫として、フィオナ・アップルが「あなたの小さい手を私たちのパンツに近づけないで(We don't want your tiny hands anywhere near our underpants)」と繰り返し歌う“Tiny Hands”がウィメンズ・マーチのテーマ曲となったのだ。



イベイー - “No Man Is Big Enough for My Arms”




上記のトランプ大統領の発言が明るみになった翌週の10月13日、ミシェル・オバマ元米大統領夫人がスピーチの中で声を荒げながらトランプ大統領への疑念を明らかにした。

“No Man Is Big Enough for My Arms”で「女性と女の子の扱い方が、その社会をはかる指標になる(The measure of any society is how it treats its women and girls)」との印象的な歌詞を残したイベイーは、ミシェル夫人のスピーチをきっかけにより一層大きくなったトランプ大統領の女性蔑視の姿勢への批判を、悲哀に溢れるトーンで静かに歌い上げている。



ジェイ・Z - “The Story of O.J.”


「肌の色が薄くても、濃くても、偽物でも、本物でも、金持ちでも、貧乏でも、飼い馴らされていても、反抗的でも、黒人であることには変わりない」とアメリカにおける黒人への固定観念を批判する1曲。

O.J.シンプソンの発言「俺は黒人ではない。O.J.だ」との有名な発言も引用しつつ、ミュージック・ビデオではかつてのアメリカのアニメ番組でたびたび使用された黒人のステレオタイプなイメージを皮肉っている。



ジョーン・バエズ - “Nasty Man”



1963年の人種差別撤廃を求めた大規模なデモ、ワシントン大行進で“We Shall Overcome”を歌ったジョーン・バエズは、それから50年以上を経て今年の1月、サンフランシスコで行われたウィメンズ・マーチのために“Nasty Man”を書き下ろした。

ジョーン・バエズにとって25年ぶりの新曲となったこの曲では、穏やかなフォーク・サウンドとは裏腹に冒頭から「間違いを犯した男の歌/邪悪な帝国を築こうとしている(Here’s a little song/ About a man gone wrong/ while building up his evil empire)」とストレートなトランプ大統領批判が展開される。

メキシコとの国境に壁を建設するとの政策に動くトランプ大統領が「精神倒錯(psychological disorders)」を患っているとの歌詞もあり、半世紀以上のキャリアを持つジョーン・バエズだからこそ打ち出せる強烈なプロテスト・ソングとなっている。



カマシ・ワシントン - “Truth”


“Truth”と題されたこの曲は、カマシ・ワシントンの最新ミニ・アルバム『Harmony of Difference』に収録された14分以上に及ぶインスト曲だ。このミュージック・ビデオにはさまざまな人物の日常生活が映し出されるが、登場する人物は全員がマイノリティである。そして、他の多くのプロテスト・ソングとは異なり、ビデオに登場する彼らの穏やかな表情が印象に残る。

このリード・シングルで「対位法」という技法の可能性を探求したというカマシは、この技法を「類似性と違いとのバランスを取って、別々のメロディのあいだにハーモニーを作りだすアート」と定義しているのだという。



ケンドリック・ラマー - “XXX.”




U2のメンバー全員がクレジットされていることで話題となった『ダム』収録曲。

「バラクを失いドナルド・トランプが席に着いた/これ以上奴を疑うなと約束させられたが/アメリカは正直なのか? それとも俺たちは燦々と罪を浴びせられているのか?(Donald Trump's in office, we lost Barack/ And promised to never doubt him again/ But is America honest or do we bask in sin?」とのヴァースでトランプ大統領の名前が登場するこの曲では、人種差別や女性蔑視、経済格差などについても明快なリリックで表現されている。

タイトルの“XXX.”は最も過激なポルノを表すレイティングとして知られているが、映画で例えると「R18+」レベルを表すこのレイティング、はたして楽曲に対してのものなのだろうか。 それともアメリカという国自体が閲覧規制をかけなければならない状態に陥っている、という意味が込められているのだろうか。



ヴィンス・ステープルズ - “BagBak”


ヴィンス・ステープルズの2ndアルバム『Big Fish Theory』に収録されたこの楽曲には、「俺を知らないだろ(You don't know me)」というリリックが度々登場する。

SNSやインタビューを見て自分のことを知った気になっても、本当のヴィンス・ステープルズのことは誰も知らない、という意味が込められたこのリリックだが、他にも「ニグロよ、お前は俺のダチなんかじゃねえ/自分は特別だとでも思ってんのか(Negro, you are not my homie/ How dare you think it's different)」とのリリックもあり、肌の色が同じというだけで近づいてくる人たちへの批判が垣間見える。

一方で終盤では白人警官による黒人への暴力への非難が歌われており、富裕層とトランプ大統領、そして政権を痛烈なFワードと共に貶すると同時に、「俺らはもう動き始めてる(We are on now)」と反対勢力の持つ力を示している。



その年の情勢が鮮明に反映されるプロテスト・ソング。2017年はやはり、1月のトランプ政権誕生により波及したさまざまな事象が多くのアーティストのクリエイティビティに影響を与えることとなった。

2017年も残り3日だ。今年生まれたプロテスト・ソングを聴き直しつつ、トランプ大統領の就任から1周年を迎える2018年に思いを巡らせてはいかがだろうか。
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