バッファロー・スプリングフィールドのドラマー、デューイ・マーティン死去

バッファロー・スプリングフィールドのドラマー、デューイ・マーティン(本名:Walter Milton Dwayne Midkiff) が亡くなったことが明らかになった。没年68歳。LA Timesによると、デューイ・マーティンは2月1日にロサンジェルスの自宅で死亡しているところをルームメイトによって発見されたという。死因は老衰とされており、前日には既に亡くなっていたものとみられている。バッファロー・スプリングフィールドは、1966年に結成。ニール・ヤング、スティーヴン・スティルス、リッチー・フューレイ、ブルース・パーマーがオリジナル・メンバーで、活動期間はわずか2年と短かったものの、のちのアメリカの音楽シーンに多大なる影響を及ぼしている。その後、プロデューサーとして携わっていたジム・メッシーナも演奏に参加することとなった。デューイはバンド結成当時、最後に加入したメンバーで、ちょうどロサンジェルスに移住したばかりだったという。ニール・ヤングは、自身の半生記にてデューイを「繊細」なドラマーであると称えている。「決めてほしいところは決める。引いてほしいところは引く。彼は音楽を全身で感じられるドラマーだったよ。言葉はいらなかった」と綴っている。バンドが発表した3枚のアルバムのほとんどでデューイはドラマーとして活躍し、“ミスター・ソウル”、“ロックン・ロール・ウーマン”などのヒット曲を世に送り出した。また、1967年に発表された『Buffalo Springfield Again』の“グッド・タイム・ボーイ”ではリード・ボーカルも担当した。また、スティーヴン・スティルスが、彼ら最大のヒット曲“フォー・ワット・イッツ・ワース”を書くきっかけとなったLSDをデューイが提供したという疑惑が当時浮上していた。バッファロー・スプリングフィールドの解散後、デューイは“ザ・ニュー・バッファロー・スプリングフィールド”というバンド名で新たに活動を始めようとしたが、ニールとスティーヴンがバンド名の権利を求め訴訟を起こしたため、断念したというエピソードもあった。なお、その後デューイは、オリジナル・メンバーのベーシスト、ブルース・パーマーとともに“バッファロー・スプリングフィールド・リヴィジテッド”としてツアーを開催した。訃報を受け、かねてから親交の深かったモンキーズのドラマー、ミッキー・ドレンツはデューイの死を偲ぶコメントを発表。「失ったものは大きいよ。一緒にバンドをやったことはないけど、よく会っていたんだ。ウィスキー・ア・ゴー・ゴーやトルバドールなど、色々な場所で一緒にライブも観た。ご存知のとおり、とてもいいドラマーだったし、人間的にもいいヤツだったんだ」なお、バッファロー・スプリングフィールドは1997年にロックの殿堂入りを果たしている。
ご冥福をお祈りいたします。(c) NME.COM / IPC Media 2008/ 2009
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