今週の一枚 ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー 『エイジ・オブ』

今週の一枚 ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー 『エイジ・オブ』

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー
『エイジ・オブ』
6月1日発売(5月25日日本先行リリース)


オープニング・ナンバー“エイジ・オブ”の時点で、本作は早くもその画期性を余すことなく証明している。何百年も前から変わらないチェンバロの典雅な倍音を活かしたイントロ、しかしそこに容赦なく降り注ぐ黒い霧雨のようなノイズ、流れを遮るパルス音、地を這うへヴィ・ベースが次々に重ねられていき、バロック・ポップの定型はあっさり瓦解してしまう。しかし、これは美の破壊行為なか?と言えばまったくそうではない。ピアノと比較しても遥かに豊かなチェンバロの倍音は、ノイズと驚くほど自然に絡み合ってその衝撃を吸収し、“バビロン”では極端に歪まされたボーカルが、なぜか最後まで抽象に陥ることなく、ナラティブなメロディを導いていく。

そう、本作ではボーカルが大きな役割を果たしているのだが、それについては後述するとして、とにかく、ここにあるのは摩擦や拮抗ではなく、あくまで新たな調和を旨としたポップネスであり、ポップ・ミュージックのかたちや基準を目前で再構築していく、あまりにも刺激的なアバンギャルドでもある。ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下OPN)の新作『エイジ・オブ』は、そんな二面性を持つ傑作なのだ。

ダニエル・ロパティンは、前作『ガーデン・オブ・デリート』から本作に至る3年の間に、アノーニの『ホープレスネス』のプロデュースや、デヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』での共作(“ディス・イズ・ザット”)、FKAツイッグスとのモーション・グラフィック小説、そしてサフディ兄弟監督作『グッド・タイム』(2017年)の劇伴ではカンヌ映画祭でサウンドトラック賞を受賞するなど、多岐にわたる外部仕事を行っていた。プロデューサー、コラボレーターとして2010年代以降のエレクトロニック・ミュージックの未来を指し示し続けてきたロパティンだが、『エイジ・オブ』の準備段階に至って、それはより双方向なものになっていたと言える。実際、本作ほど多数のコラボレーターを数えるOPNの作品は過去に例がない。

ジェイムス・ブレイクがアルバム全編のミキシング、及び数曲でキーボードを担当し、アノーニはボーカルを披露。また、ローレル・ヘイローとのコラボでも知られるパーカッショニストのイーライ・ケスラー、ノイズ・アーティストのプルーリエントことドミニク・ファーナウ、レディー・ガガからブラッド・オレンジまでコラボを重ね注目を集めるチェリストのケルシー・ルーが、キーボードで参加している。

近年の優れたポップ・アルバムは、それがたとえソロ・アーティストの作品であっても、有能なブレーンや志を同じくする才能が結集しての「共作&分業」によって制作される例が多いが、この『エイジ・オブ』はまさにOPNにとって初の「集合知」のアルバムなのだ。“マニフォルド”や“ザ・ステーション”で顕著な、オートチューンで歪まされ、加工されたボーカルのアレンジには、ジェイムス・ブレイクの手腕が光っている。

また、“ブラック・スノー”では、アノーニの歪な歌声の上にさらに粒の粗い音粒子をまぶすように、“ワーニング”では鋭く放たれるシャウトをさらに煽り立てるように、パーカッシブで不可測なブレイクビーツが躍っている。ボーカル、キーボード、ギターが加工され、細かく刻まれ、無調のブレイクビーツと同じ地平に置かれることで、改めてそこで新たな調和が生み出されていくという本作のポスト・モダンなポップスの手法は、プルーリエントやイーライ・ケスラーなくしては生まれなかったものだろう。

一方で、アノーニのボーカルが何を発語しているのか聴き取れないほど歪み、そこに極力エフェクトを排したブレイクのピアノが折り重なる “スティル・スタッフ・ザット・ダズント・ハプン”は、奇妙な懐かしさすら感じるネオ・クラシカルな名曲で、喩えるならそれはシー・ロスのアイスランド語の楽曲に感じる郷愁に近い。いずれにしても本作は、大胆な解体と逸脱と再構築の末に、必ず美しいメロディに辿り着くことが約束されたポップ・アルバムであり、これまでのOPNの作品が習作に思えるほど完成された一作だ。

近年のアンビエント・ミュージックとクラシックの接近や、ヒップホップにおけるジャズやソウルの生音志向、シンガー・ソングライターとオートチューンの出会いの例をあげるまでもなく、アナログとデジタルの越境が当たり前となった現在。抽象の中に普遍を、加工された声に魂の叫びを聴き取るようにチューニングがなされた我々の耳には、本作の斬新はまるでクラシックなサイファイのようにしっくり馴染み響くのだ。これこそが新スタンダード、2018年のポップの現在地を示す、マイルストーンたる1枚だ。 (粉川しの)
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