現地時間3月4日、49歳という若さで亡くなったザ・プロディジーのキース・フリント。
『ロッキング・オン』5月号では、90年代レイヴ・カルチャーを代表するプロディジーのフロントマンとして活躍したキースを偲び、これまでの彼の功績を振り返った追悼記事を掲載している。
記事では、『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』(1997)、『グレイテスト・ヒッツ 1990-2005』(2005)、『インヴェイダーズ・マスト・ダイ』(2009)の3作品のインタビューから一部を抜粋、掲載している。
まずは、『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』のインタビューにて、収録曲“Firestarter”にて初めてリード・ボーカルを取ったことについて、キースはマキシムとどんな話をしたのだろうか?
(笑)この俺がボーカリストの座を乗っ取ることになったのかって? 言っとくけどここに座ってる4人は自己顕示欲のかたまりなんかじゃない。個人的な持ち場を巡って醜い争いを始めたりはしないんだ。このチャーミングで礼儀正しい俺達がそんなことでケンカする訳ないじゃん?
(中略)それにしても、唄うっていう行為があれほど浄化作用のあるものだとは驚異の発見だったね。急に声っていう媒介装置を使って表現することになった時は、正直うろたえちゃったけど。
でも大勢のオーディエンスを相手にシャウトする、っていう方法で自分の鬱積を吐き出すのがあんなに気持ちのいいもんだったとはねえ……。
また、『グレイテスト・ヒッツ 1990-2005』のインタビューでは、これまでどこかのシーンやジャンルにカテゴライズされることを拒否し続けてきたプロディジーのスタンスについて、キースは以下のように答えている。
無所属感とか、どんなシーンからも孤立したアウトサイダー感ってのは今でも基本的に変わってない。普段はどこかの産業ダンスやレコード会社御用達のアイドルの曲ばかりかけてるヘボDJの白々しい煽り文句に乗って、下着丸出しのお姉ちゃん達が跳ねまくってるのをバックに口パク出演するなんて、俺は御免こうむるよ。サンクス・バット・ノー・サンクス!って感じだね。
追悼記事では、インタビューの他、「時代が生んだ愛すべきアウトサイダーによせて」と題し、これまで彼が、そしてバンドがシーンに与え続けてきた影響を綴った追悼テキストも掲載している。
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