《どうあったって自分は自分で/どうやったってあなたに代われない/ならば哀しみも歓びも せめて分かち合いたくて/会いに行くんだ 会いたいあなたに》(“予感”)
《今見てるヒカリは あなたの未来/涙の先で強く生きる人/大丈夫だよ 間違っちゃいない/足元なら僕らが照らすから》(“あなた”)
その「自分」や「あなた」は柳沢自身を指す場合もあるだろうが、だからこそ聴いているこちらは大いに感情移入できて、心のひだをギュウッと刺激される。加えてそういう曲を歌う渋谷龍太(Vo)の声、目つき、仕草やパフォーマンスは、いつだってあたたかく、アツく、心の臓を鼓舞してくれる。しかも日々の活動のなかで深まる感情の分だけ、どんどんエモく、やさしくなって、目の前の「あなた」を包み込む。例えば1万人の観客がいるステージであっても、「渋谷:1万人」という図式ではなく、「渋谷:ひとり」の関係を1万パターン築こうという姿勢。2018年4月30日に「日本武道館に意味があるんじゃなくて、あなたがいる日本武道館だから意味がある」と言い放った言葉が今も忘れられない。
この原稿では柳沢と渋谷をフィーチャーしたが、もちろん上杉研太(B)と藤原"31才"広明(Dr)の奏でるサウンドにだって、一人ひとりへ届けようという真心が宿っている。「あなた」と全身全霊で音を共有して、その場のすべての人間でともに大合唱をする。そういう景色でしか感じることのできない居場所や、押されることのない背中というものがあるのだ。これは端から見れば茨の道……どころか有刺鉄線をかき分けてきたようなキャリアを辿るSUPER BEAVERにしか作れないものだ。バンド自身が居場所を作ろうともがき抜いてきたからこそ、そんな生き様がそのまま鳴っているからこそ、この音楽は必要とされる。つまり僕らにとっての「あなた」とは、SUPER BEAVERそのものなのである。(秋摩竜太郎)