SUPER BEAVERは「あなた」の心を描く曲と「あなた」の心に訴える声で「あなた」の場所を守り続けてきた

SUPER BEAVERは「あなた」の心を描く曲と「あなた」の心に訴える声で「あなた」の場所を守り続けてきた
ロックって何だろう。反抗すること? ただ悩んだまま踊らせるもの、あるいは孤独に寄り添い、眠れぬ夜を明日へ運ぶものか。そんな永遠の命題について考えを巡らせるとき、明解な回答をくれるバンドのひとつがSUPER BEAVERである。つまり「あなた」の居場所を守り続けるということ。特に柳沢亮太(G)が中心となって紡がれる曲には、自己肯定感なんて安い言葉では到底片付けられない、自分自身というこの世界でたったひとりの人間に対する精一杯の慈しみと、譲れぬ尊厳が充満している。ブリリアントカットのダイアモンドだろうが、路傍に佇む石っころだろうが、どちらもかけがえのない存在に違いはない。ゆえにお互いがつながり合うこともできる。それを体現しているものこそが、SUPER BEAVERの楽曲であり、ライブ空間なのだ。

《どうあったって自分は自分で/どうやったってあなたに代われない/ならば哀しみも歓びも せめて分かち合いたくて/会いに行くんだ 会いたいあなたに》(“予感”)

《今見てるヒカリは あなたの未来/涙の先で強く生きる人/大丈夫だよ 間違っちゃいない/足元なら僕らが照らすから》(“あなた”)

その「自分」や「あなた」は柳沢自身を指す場合もあるだろうが、だからこそ聴いているこちらは大いに感情移入できて、心のひだをギュウッと刺激される。加えてそういう曲を歌う渋谷龍太(Vo)の声、目つき、仕草やパフォーマンスは、いつだってあたたかく、アツく、心の臓を鼓舞してくれる。しかも日々の活動のなかで深まる感情の分だけ、どんどんエモく、やさしくなって、目の前の「あなた」を包み込む。例えば1万人の観客がいるステージであっても、「渋谷:1万人」という図式ではなく、「渋谷:ひとり」の関係を1万パターン築こうという姿勢。2018年4月30日に「日本武道館に意味があるんじゃなくて、あなたがいる日本武道館だから意味がある」と言い放った言葉が今も忘れられない。


この原稿では柳沢と渋谷をフィーチャーしたが、もちろん上杉研太(B)と藤原"31才"広明(Dr)の奏でるサウンドにだって、一人ひとりへ届けようという真心が宿っている。「あなた」と全身全霊で音を共有して、その場のすべての人間でともに大合唱をする。そういう景色でしか感じることのできない居場所や、押されることのない背中というものがあるのだ。これは端から見れば茨の道……どころか有刺鉄線をかき分けてきたようなキャリアを辿るSUPER BEAVERにしか作れないものだ。バンド自身が居場所を作ろうともがき抜いてきたからこそ、そんな生き様がそのまま鳴っているからこそ、この音楽は必要とされる。つまり僕らにとっての「あなた」とは、SUPER BEAVERそのものなのである。(秋摩竜太郎)

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