King Gnu『CEREMONY』は“壇上”を経てもう一度聴くと深みが激変する驚きのアルバム

King Gnu『CEREMONY』は“壇上”を経てもう一度聴くと深みが激変する驚きのアルバム
このアルバムに収録されている楽曲のほとんどはタイアップという形で、敵でも味方でもない現実と潔く摩擦することによって世に放たれている。
どの曲も極めてポップでありながら異様に張り詰めた緊張感があるのは、その現実との摩擦の中に、嘘偽りのない自分たちもぶち込み、さらにこれまで傷口を曝け出し合ってきたリスナーとの契りも守った絶妙のバランスを崩さないように構築されているから。
イントロダクションやインタールードに導かれながら、そのポップな緊張感のエントロピーはアルバム後半に進むに従って気持ち良さと共にどこまでも増大していく。
しかし11曲目“壇上”で、まるでこの瞬間のためにここまでの楽曲があったかのように一気に感情の堤防が決壊するのだ。

常田はJAPANの最新インタビューで、この”壇上”を「King Gnuを解散したいぐらい追い詰められてた時に書いた」と語っていたが、全エネルギーを込めて突っ走ってきた1年に対して、全感情を込めて答えを出す音と歌を絞り出した時に見えた風景、がこの曲なのだと思う。
「まだやめませんけどね(笑)」という発言に安心するよりも、この曲が見せてくれる風景を余すことなく心の目に焼き付けることの方が遙かに大きな意味を持つ。
聴く人それぞれの言葉にならない思いを自分自身の傷の中に疼かせながらエンディングを聴き終えて、もう一度このアルバムをリピートした時、『CEREMONY』が本当にとてつもないアルバムであることがわかるはず。
”Teenager Forever”とか、もう半端なく極彩色だ。(古河晋)
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