SIRUPの音楽はなぜ僕たちの日常に馴染むのか? その新しさについて

SIRUPの音楽はなぜ僕たちの日常に馴染むのか? その新しさについて
SIRUPの音楽は居心地がいい。居心地がいいというのは、無理せず、肩肘張らず聴ける、そしてその音と声がすっと耳に馴染むという意味だ。たとえばオフィスでラジオから流れてきたときとか、高速道路をドライブしているときとか、カフェでくつろいでいるときとか、夜ベッドに潜り込んでから眠りにつくまでの少しの間とか……いつどんなシーンでも、SIRUPの音楽はそこにすっと寄り添って存在できる。さり気なくそこに鳴っていて、それでいてリスナーの心に確かな痕跡を残していく、そんな音楽である。

その居心地のよさはいったいどこから来るのだろう。というのも、よくよく歌詞を紐解いていけば、そこには確かに彼自身の思いや物語を感じることができるからだ。つまり、SIRUPは人畜無害のイージーリスニングミュージックを作っているわけでは(当たり前だが)ない。むしろそこにはちゃんと主張やメッセージが存在しているのである。“Do Well”も“SWIM”も“PRAYER”もそうだ。そこには彼のアーティストとしての矜持や時代感覚、世の中に対する態度が込められている。


にもかかわらず、ひとたびスピーカーやイヤホンから鳴ったときのSIRUPの音楽は、決して頑なでも攻撃的でもなく、むしろリスナーの感覚に合わせて柔軟に形を変えてみせる。エゴや主義主張はいつのまにか濾過され、その余白はリスナーに委ねられる。だからリスナーはそこに自分の生活を重ねることができる。SIRUPはそういう意味で、どこまでも「慎ましい」のだ。いや、慎ましいというよりも「ニュートラル」といったほうがしっくりくる。そのニュートラルな感覚こそが、SIRUPの最大の特徴だ。

音楽のスタイルという意味でも、SIRUPはニュートラルだ。R&Bやヒップホップをベースにしてはいるが、そこに固執はしていない。彼の歌の技法は必ずしもブラック一辺倒というわけではないし、そもそも歌とラップ、日本語と英語を自在に行き来するその歌唱スタイル自体が、特定のジャンルやカテゴリーに固定化することを拒んでいるようにも思える。


“SWIM”で彼は《音の中を自由に夢中でSwimming/Rhythm&Bluesを 浮遊してTripping》と歌っている。まさにジャンルレスでボーダーレスな音楽の海を気ままに泳ぐようにして、SIRUPの音楽は作られているのだ。昨年11月にリリースされた“Light”もまた音楽について歌った曲だが、そこでも彼は《委ねて So on/音の鳴る方へ/飲み込まれてみよう》と、音楽の自由と心地好さを歌う。彼にとって音楽とはそういうものであり、それが鳴る場所、鳴るタイミングによって変幻自在に形を変える不定形なものなのだろう。そういうものとして音楽を捉えるからこそ、彼の歌はどこまでもニュートラルに形を変え続ける。

そして、ここが大事なのだが、その不定形でニュートラルなありようは、間違いなくこれからの時代のスタンダードである。ジャンルも、作られた年代も、アーティストの国籍や性別も関係がない、すでにサブスクリプションサービスによって現実化されているすべてが一緒くたの音楽世界は、それこそSIRUPが体現しているものだという気がする。つまり、SIRUPのユニークな存在はニュートラルでフラットでありながら、逆説的にきわめてシンボリックなものでもあるのだ。(小川智宏)
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