Official髭男dismのEPとしては、2018年10月リリースの『Stand By You EP』以来となる『HELLO EP』。これまでもヒゲダンはシングルとEP、それぞれの形態で作品を制作しているが、この2枚のEPとしての共通点を挙げるならば、現状にとどまらない攻めの姿勢を取っているということだ。『Stand By You EP』ならば、ドラマ主題歌に起用され注目を集めた“ノーダウト”のブラックミュージックの要素を用いた洒落ていてユーモラスなイメージからさらに、ソウルミュージックにクラップやシンガロングがシンボリックなエモーションナンバーである表題曲、野太いスタジアムロックを轟かす“FIRE GROUND”、華やかなホーンセクションとそれに絡むドラマチックなメロディが爽快感を呼び起こす“バッドフォーミー”といった色とりどりの楽曲群を揃えた。「“ノーダウト”以外にもこんな隠し玉を持っているのか」と面食らった人々も多かったのではないだろうか。バンドを取り囲む状況が変化しようとも、彼らは真摯に音楽やリスナーと向き合い続けている。だが、それは世間に受け入れられる音楽を目指してきたわけではなく、自分たちが胸躍るグッドミュージックを知的好奇心たっぷりに追求してきたからに他ならない。この逞しい心意気が、音楽はもとより彼ら自身を輝かせていることは間違いないだろう。
今作『HELLO EP』も同様だ。EPという作品形態は、表題曲以外の楽曲もフォーカスされる機会が多いため、そのメンタリティが如実に表れると言っていい。さらに今作注目すべきは、すべての楽曲が藤原聡(Vo・Pf)の歌――もっと言えば彼が歌詞に綴っている「生きていくうえでの信念」を中心に据えている点だ。自分たちの好きな音楽だけでなく、ルーツになかったUKロックを取り入れた“Pretender”や、自分を変化へと導いた人への想いを綴った“I LOVE...”など、様々な挑戦をしたことで音楽的筋力をつけることができた。そんなメンバーたちが、藤原の核にある信念が呼んでいる音を丁寧に一つひとつ手繰り寄せたからこそ、これまでのヒゲダンサウンドでは成し得なかった境地へと達することができたと推測する。
“HELLO”は力強いビート感と、シンセリフの歪んだ音色、唸りを上げるようなギターなど、歯を食いしばりながらも堂々とした印象を与える、晴れやかなヒゲダン流ロックナンバー。《人生に迷うたびに 不安や幸せの位置を見失わないよう 確認しようよ》など、迷いながらも一歩一歩しっかりと人生を踏みしめてきた人間の心情が綴られている。歌詞もサウンドも、大空を仰ぐようなスケールの大きいサビのメロディも、苦悩したことも現在の自分の血肉になっていることを暗に伝えてくれるよう。“パラボラ”は一音一音を精査したサウンドメイク、細部までギミックが効いた巧みなメロディワークなど、隅々まで洗練されたポップソング。歌詞に描かれているのは、「藤原聡」というひとりの人間の過去、現在、未来だ。とてもパーソナルで観念的な言葉たちは素朴でありながらも、成長し、より広い世界へ旅立っていくうえで重要な核心を突いている。
そして、重々しく無骨なギターと陰のあるボーカルで幕を開け、壮大なストリングスが感傷的かつ鮮明に鳴り響く“Laughter”。これまでヒゲダンのバラードと言えば僕と君の世界で語られることが多かったが、この楽曲は自分自身に対して問いかけをするなかで、「空」という漠然とした、だけれど確かにそこに存在する世界へと飛び立っていく覚悟が筆圧高く書かれている。《自分自身に勝利を告げるための歌》という一節は、自分自身が信じる生き方を貫いていくという姿勢を表したものだろう。ひとりで空を睨む藤原に想いを重ねるように、メンバーが音と声を重ねていく――それはまさにバンドの信頼関係そのものだ。これまでこの世界を生きていく我々をグッドミュージックの世界へと誘い、時に鼓舞するような楽曲や、様々なかたちの愛情を綴ったラブソングを書いてきた藤原だが、ここまで彼の個人的な、もっと言ってしまえばエゴにも近い心境が音楽に昇華されたことは、とても喜ばしい。この熱い信念に直に触れたことで、ますますOfficial髭男dismが彼らの探し当てた美しい世界を音楽でもって我々に見せてくれることを確信した。
「髭が似合うような年齢になってもこの4人で楽しく最高の音楽をやっていこう」――漠然と思い浮かべていた未来へ「ハロー」と笑顔で語り掛ける『HELLO EP』。バンドにとってまた新たな物語が始まることを予感させる、重要な一枚が完成した。(沖さやこ)
Official髭男dismが“HELLO”、“パラボラ”、“Laughter”の最新曲で探し当てた壮大なロックの世界観、そして私たちに贈られる強いメッセージ
2020.08.06 14:00