アーティスト

    ライアン・アダムス / ユニオン・チャペル ロンドン

    新作『アッシズ&ファイア』を携えての今夜のショウの会場:ユニオン・チャペルの前には、しのつく雨をものともせず、開場待ちのファン達が長い長い列を作っている。この会場で心に残る素晴らしいライヴを数々観てきたが、こんなに長い入場の列を見たのは初めてだ。が、それもそのはずである。耳の病気を理由に、ライアン・アダムスがカーディナルズ解散、そしてライヴ活動からの一時撤退を表明したのは2009年春だった。2000年のソロ・デビューから、アルバムだけでも12枚を発表。スロー・ダウンは必然だったのだろうし、充電期間を経て、ライヴ・カムバックとなった6月のロンドン公演も大成功を収めた。ほぼ軒並み高い評価を受けている『アッシズ』のリリース後初となるこの晩のショウに、常以上に熱い期待が寄せられるのも納得である。


    9時開演予定だったが、「今夜のパフォーマンスの性質を鑑みて、携帯電話のスウィッチはお切りください/写真もご遠慮ください」の場内放送が流れ、8時45分には喝采の中、ソング・ブックのフォルダを手にライアン登場。開演が予定より遅れるのは慣れっことはいえ、早まるというのは珍しい。

    ジャケットを椅子の背にかけ、ダース・ベイダーのプリントTシャツ姿のライアンがスツールに落ち着くと、場内は水を打ったように静まり返る。1曲目は“オー・マイ・スウィート・キャロライナ”で、静かでドラマチックな縁取りを廃したその透明な響きに、軽いショックを受ける。たとえば『ナッシュヴィル・スカイライン』や『血の轍』のボブ・ディランを思わせるこの曲のトーンは、もともと穏やかではある。が、明らかに出音量を1、2レベル下げたデリケートな歌とプレイに、ライアンの耳の状況を思いやらずにいられないのだ。

    と同時に、アコースティック・ギターと声だけのそぎ落とした演奏が、パフォーマーとしての力量と成熟を明確に伝え、優雅なメロディ&美声を一段と冴えたものにしていたのもまた事実。ジャーニー・マンの悲しみを宿す《May You One Day Carry Me Home…》のリフレインが浸透すると共に、「ライアン新章開始」の思いもまた、心に焼き付けられた。


    セットの前半は、旧作からも取り混ぜつつ、『アッシズ』曲を中心に進んでいった。子守唄のように揺らす“アッシズ&ファイア”の安らかさ。控えめだった歌唱も、ギターの深い響きに息を呑む4曲目“ダーティ・レイン”のソウルフルなシャウトから通常値を刻み出したし、“インビジブル・リヴァーサイド”のブルージィな風が吹くモノローグといい、痺れるほど完璧な出来ばえだ。タウンズ・ヴァン・ザントの域に達した、と言っても過言ではない。一方で、昔ながらのファン達を歓喜させる名曲も惜しみなく披露されていく。この晩、『アッシズ』曲と並んでもっとも多くプレイされた『ハートブレイカー』からの“マイ・ワインディング・ホイール”は、歌声だけで長いハイウェイと車窓を飛び去る景色を脳裏に描き出してしまう、ライアンの天与の表現力で魅了。他の曲でも何度かその感慨に襲われたが、ギター(あるいはピアノ)の弾き語りという余白が多いプレイ・スタイルにも拘らず、ひなびたオルガン、スネアのさざなみ、コーラスなど、「そこにない音」までこんな風に耳に喚起させるシンガー・ソングライターは、なかなか多くないだろう。

    本人も「スロー・テンポな曲ばっかりだね」と苦笑混じりに認めていたように、普遍的なソウル・サーチングに基づくアコースティック楽曲が中心のセットではあった。しかし、ハーモニカで鋭く切り裂く“ファイアークラッカー”、“クロスド・アウト・ネーム”、“イングリッシュ・ガールズ・アプロキシメトリー”など、ロックンロールでアーシーなグルーヴ感は随所にスリルを与えていた。かと思えば、ピアノを伴っての“シルヴィア・プラス”、“ニューヨーク、ニューヨーク”にはローラ・ニーロやキャロル・キングらシティ派ソングライターのセンシティヴな洗練、そしてクラシック音楽への理解がにじみ・・・と、「カントリー」「フォーク」を軸に、柔軟な感性と間口の広さはアメリカン・ポップ~ロックの諸相にリーチしていく。

    ルーツ・ロック、オルタナ、フォーク、更にはメタル・アルバムと、ライアン・アダムスの多作ぶり・様々な作風に、聴き手は翻弄すらされてきた。しかし、不断のクリエイティヴィティの核にある、彼のソングライター/琴線に触れるメロディ・メイカーとしての確固たる資質と才覚が、今夜ほどナチュラルに、明瞭に響いた時はなかったと思う。


    歓声もひときわ大きかったウィスキータウンの3曲で本編を締めくくり、2時間のソング・マラソンを淀みなく、熟練したショウマンシップで走り抜けたライアンに、熱狂的なスタンディング・オベイションの雨が注がれる。終演時間(既に11時近い)をリマインドされるものの、「でも、あと1曲だけ、ね?」とスタッフをなだめすかし、来ました~~っ! アンコールのエンディングは“カム・ピック・ミー・アップ”。ある意味ライアンの世界観が凝縮されたシグネチャー・ソングでもあり、それにふさわしいエモーショナルな熱唱に心がわなないた。

    「今夜は来てくれてありがとう。僕にとっても本当に大きな意味のあるショウだよ」の丁寧な挨拶とお辞儀&合掌ポーズを繰り返し、ライアンは去った。夜の街路にこぼれ出した観客達の興奮冷めやらぬ表情、そして耳に飛び込んでくる「とんでもなかった!」「すごい」の声を聞くまでもない――『アッシズ』に響くシンプリシティ、そして自明の美は、「ひとりぼっち」の振り出しに戻ることでライアンが得た恵みだった。それは、バンドの解散や闘病、レコード会社との決別など、痛みも伴うものではあった。だが、灰燼からフェニックスが再生するように、クリーンに刷新された視野とフォーカスは、この人が本気を出した時の光に更なる輝きを与えていた。名作『ハートブレイカー』から11年、ひとつのサイクルを終え、彼が新たな季節に踏み出したのを確信させてくれるライヴだった。この絶好のタイミングでぜひ、来日公演が実現することを切に願う。(坂本麻里子)


    Setlist
    1.Oh My Sweet Carolina...HEARTBREAKER
    2.Ashes&Fire…Ashes&Fire
    3.If I Am A Stranger…COLD ROSES
    4.Dirty Rain…A&F
    5.My Winding Wheel…HEARTBREAKER
    6.Sylvia Plath…GOLD
    7.Firecracker ...GOLD
    8.Invisible Riverside…A&F
    9.Everybody Knows…EASY TIGER
    10.Lucky Now…A&F
    11.Please Do Not Let Me Go…LOVE IS HELL
    12.Rocks…A&F
    13.New York,New York…GOLD
    14.Crossed Out Name…CARDINOLOGY
    15.Two…EASY TIGER
    16.When Will You Come Back Home…COLD ROSES
    17.Why Do They Leave...HEARTBREAKER
    18.English Girls Approximately…LOVE IS HELL
    19.Houses On The Hill(Whiskeytown/STRANGERS ALMANAC)
    20.Avenues(Whiskeytown/same above)
    21.Jacksonville Skyline(Whiskeytown/PNEUMONIA)

    Encore
    22.In My Time Of Need…HEARTBREAKER
    23.Dear Chicago…DEMOLITION
    24.(brief impro)
    25.Halloween…LOVE IS HELL session
    26.Come Pick Me Up…HEARTBREAKER
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