1965 年に行われたニューポート・フォーク・フェスティヴァルで、ボブ・ディランが初めてエレクトリック・サウンドへの転向を図った伝説のライヴでボブが弾いたとされているフェンダー・ストラトキャスターがオークションに出品されることになるという。
問題のギターはライヴで使われた当初から失われているとされてきたが、ニュージャージー州に住むドーン・ピーターソンが、このギターを47年前から所持していると名乗り出ていて、ピーターソンは昨年テレビ番組『ヒストリー・ディテクティヴス』に出演してこのギターの鑑定を依頼、その結果、67年にニューポートで使ったギターだと結論付けられている。その一方でボブ側は昨年の番組放映の時点でこのギターの信憑性を疑っていて、さらに本物だとしても紛失したか盗まれたものなのでピーターソンに所有権はなくて自分にあると主張していたと『ローリング・ストーン』誌が伝えている。
しかし、ここにきてボブ側がピーターソンにギターをオークションに出品してもいいという許可を出したそうで、その際にはボブ側もこのオークションの当事者となり、落札後は所有権を放棄することに同意したとピーターソンの代理人が明らかにしたという。ただ、ボブとピーターソンの間でどのような合意に達したのかは明らかにされていない。
また、このギターのギターケースにはさらに1965年当時にボブが書いた手書きの歌詞原稿も収められていて、こちらは66年の『ブロンド・オン・ブロンド』からの"女の如く"の歌詞の断片や、このアルバムのアウトテイクで、後に"時にはアキレスのように"となった"Medicine Sunday"の原稿が見つかっている。
なお、ギターの鑑定については番組『ヒストリー・ディテクティヴス』に協力したヴィンテージ楽器鑑定家アンディ・バビウクが、ギター本体とニューポートでのボブのカラー写真とを比較すればするほど本物としか思えなくなってくると証言していて、「99.9パーセント本物だと確信している」と太鼓判を押している。
ピーターソンはこのギターは自家用飛行機操縦士だった父親のヴィクターがボブのマネージャーだったアルバート・グロスマンのパイロットを務めていた時に手に入れたものだと説明していて、「ボブ・ディランが飛行機に置き忘れていったものらしいんです」と語っている。その後、父ヴィクターはグロスマンに何度かギターの処置について問い合わせたというが「ギターならフェンダーにまた貰うから」という返事を受けていたと父ヴィクターの元同僚らも証言しているそうだ。価格についてはまだ明らかではないが、番組『ヒストリー・ディテクティヴス』では最低でもギターについて50万ドル(約5千万円)、歌詞については5万ドル(約500万円)の値をつけるのではないかと見られていた。
現在のところ、まだどういう形でオークションに出品するのかピーターソンは決めていないが、サザビーズやクリスティーズなど数社に打診してからいずれ明らかにするという。