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    Plastic Treeの「変化」についてのコラム的な文章(後編)

    Plastic Treeの「変化」についてのコラム的な文章(後編)

    続きです。

    さらに、究極の「バンド」性は、この曲の2サビ後に挿入されている約15秒のインターバルにある。
    2サビが終わると、シンセサイザーのループ音だけが残される静寂が訪れる。
    これだけ書くと、さぞかし唐突で前衛的なんだろうと思われるかもしれないが、この「静寂」がコンセプチュアルなアイディアに聴こえないのが素晴らしい。
    あくまで自然に「鳴って」いるのだ、静寂が。

    文学的な言い方を重ねてしまえば、それはつまり、静寂の中に4人がいるということである。
    そういう経験はみんな、ライヴでよくしている。
    音が鳴っていなくても、メンバーが存在し、動き、呼吸をし、オーディエンスとなんらかのコミュニケーションを取っているあの感じ。
    それは静寂であって、静寂でない。
    その瞬間は、コミュニケーションにおいてはむしろ饒舌な時間であって、「何もない」状態では決してない。

    まさにそれがこのCD音源の中で起こっているのである。

    4人が生きている。
    これは、優れたロックバンドの優れた作品における王道としてのメカニズムだが、15秒もの静寂が「鳴って」いる、ということはポップ/ロックの世界ではそうはない。
    もしかしたら、どちらかというと演劇的な、よりクラシカルな演出と言えるのかもしれない。

    そして、言うまでもなく、こんなバンド感は透徹された美学なくして成立しない。
    と同時に、その美学を上回るような4人だけの快楽原則がある。
    『マイム』は、ロックバンド=Plastic Treeの実直さと充実した現在地を示す素晴らしい曲である。

    食わず嫌いはとてももったいない。
    ぜひともたくさんの人に聴いてみてもらいたい。
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