【コラム】桑田佳祐は何に「落とし前」をつけたのか。『ヨシ子さん』を僕はこう聴いた

【コラム】桑田佳祐は何に「落とし前」をつけたのか。『ヨシ子さん』を僕はこう聴いた

初めて聴いた時は本当に驚いた。
この曲には初夏にリリースされるべき、「夏」も確かに描かれているが、真夏のキラキラとしたポップナンバーというより、むしろクールで成熟したビートが前面に押し出された楽曲だったからだ。
少し感傷的な言い方になるが、この夏の始まりに桑田佳祐はなぜ、むしろ「夏の終わり」、晩夏を思わせる曲をリリースしなくてはならないのか、と感じた。

ただ、何度も聴いて思う。
桑田佳祐はこの曲を、今、リリースしなくてはならないと思ったのだろう。
この曲は今年60歳になった桑田佳祐による「落とし前」。そんなふうに思えて仕方ない。


きっと、誰もが「ヨシ子さん」といういかにも意味なさげな、逆にものすごく意味深なタイトルの意味を探りながらこの曲を聴いていることだろう。歌詞はこうだ。

《R&Bって何だよ、兄ちゃん?》《オッサンそういうの疎いのよ 妙に》
《EDMたぁ何だよ、親友?》《“いざ”言う時に勃たないヤツかい?》
《“サブスクリプション”まるで分かんねえ/“ナガオカ針”しか記憶にねぇよ》
《なんやかんや言うても演歌は良いな》

さらに、Bメロではこう歌われる。

《「くよくよするな」ってディランが歌ってた》
《「ブラックスター」でボウイさんが別れを告げた》

感じないだろうか。ここで桑田がやっていることは、「桑田佳祐」を語ることなのではないか。
と同時に、「世代」を語ることなのではないだろうか。


「ヨシ子さん」というタイトルが象徴しているもの
桑田佳祐は、自分もまたEDMに距離を感じ、レコード針に郷愁を抱く「その世代」であると歌っている。そのことを受け入れている、と歌っていると言ってもいいだろう。
これまでの60年間を、そして世代のすべての人が等しく過ごしてきた、愛しく淡く切ない時間をまっとうしようとしている。そんなふうに思うのだ。

「ヨシ子さん」という、「匿名」の愛を歌わなくてはならなかったのも、そのあたりにヒントがある。
つまり、「ヨシ子さん」とは、桑田佳祐が惹かれ愛してきた「すべてのもの」、その象徴なのではないか。
そう考えると、この曲がこの意味深なタイトルであること、今リリースされるべきこと、そんな様々なテーマがしっくりと胸に落ちていく。

“ヨシ子さん”。この曲は何の「落とし前」なのか。
それはたとえば、昭和の原風景への、あるいは、その表現欲を突き動かしてきたものすべてへの。
人生を通して見てきたもの、惹かれてきたものすべてを「ヨシ子さん」と名付け、自分の人生を相対化するかのようにクールに歌っている。
という意味において、桑田佳祐による究極の「桑田佳祐論」――それが“ヨシ子さん”の本質なのだと思う。
そして、それは同時に、桑田佳祐が今だからこそ伝える「世代論」でもあると思うのである。

“ヨシ子さん”は、愛しく切なく、穏やかに、そして確かにその生を肯定してみせる素晴らしいポップナンバーだ。
言うまでもなく、そんな大衆心理描写をやれるのは、桑田佳祐ただひとりである。
桑田佳祐が生涯をかけて高みを見てきたポップミュージック的所作、その究極のかたちが“ヨシ子さん”なのだと思う。

60歳を迎えた桑田佳祐が今この楽曲をリリースしたいと強烈に願ったこと、実際に今リリースされたことの意味を僕はそんなふうに感じるのである。


シングル全体を通して思うこと
さらに、シングル全体を通してみても、桑田佳祐は桑田佳祐の「すべて」を惜しげなく注ぎ込んでいることがわかる。

渋谷駅周辺を舞台に、「あの頃」の慕情を切々と綴る“大河の一滴”。
南国の太陽を思わせる空気感をまとい、長年の愛を賛歌する“愛のプレリュード”。
大らかなストリングスが「愛と平和」「己と愛」という普遍的なテーマを導いていく“百万本の赤い薔薇”。

それぞれ、桑田佳祐が得意としてきたやり方、その素晴らしき果実としての楽曲になっていると言えるだろう。

要するにこのシングルは、超贅沢な歌謡ショウになっているのである。
僕たちが愛してきた桑田佳祐が全部入っていると言っていい。
もっと正確にいうと、「みんなが愛してきた桑田佳祐」を桑田自身が丁寧に、恐ろしいクリエイティビティをもってやり抜いている、ということだ。

と同時に、すべての楽曲の共通する、わかりやすく、飲み込みやすく仕上げられた大きなメロディ、あるいは時折耳に飛び込んでくる四つ打ちのリズムに、鼓舞的な温かみが溢れていることも印象的だ。
そのメッセージはつまり、2016年の日本へのメッセージであり、桑田佳祐が今音楽をやることの意味なのだろう。

不世出のポップスターが60歳を迎え、己のすべてを振り返り受け入れ、愛も悲しみも描き切り、そのうえで国宝級のポップミュージック的所作を注ぎ込み作り上げたシングル『ヨシ子さん』。
桑田佳祐60年のメッセージに鼓舞され、その意味合いをじっくりと考え込みながら聴くことができる僕たちはやはりとても幸せなポップミュージック世代であると思う。
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