ブラー回顧その5 Song 2

ブラー回顧その5 Song 2

英国を代表する、ブリット・ポップの寵児、ブラー。しかし、そのそもそもの契機に、アメリカがあったことは前述した。結果的に、ブラーはつねにアメリカを意識していたのである。『モダン・ライフ・イズ・ラビッシュ』における「ミス・アメリカ」。『パークライフ』における「マジック・アメリカ」。1997年に発表された、シンプルにバンド名のみを冠したこのアルバムでのそれは、「ルック・インサイド・アメリカ」だった。つまり、時ここにきてブラーは長年遠ざけながらも意識してきたアメリカに、いきなり突入したというわけである。その理由は、簡単だった。ブラーが「誰よりもブリット・ポップだったから」である。だからこそ、ブラーは誰よりも早く、英国の意匠ではない何かしら別の、そう、「オルタナティヴ」な武装を新たに装備する必要に迫られていた。バンドの中でいち早く狂宴に疲れ果てていたグレアム・コクソンが、すでに「アメリカン・オルタナティヴ」の虜となっていたのは、偶然ではない。アメリカにおける「オルタナティヴ」が「人間回復運動」でもあったこともまた、格好の呼び水だった。結果、ブラーは、等身大の自分たち(アルバム名は、ただの『ブラー』だからして)を探しにパーティから抜け出して荒野に鳴る生々しい音をなぞり始めたのである。たとえそのような身を削る行為が、傍目には自傷的に映ったとしても、それは不可避的な通過儀礼だったのである。そんな最中、ひねり出したブラーメイドの「オルタナティヴ」、「Song 2」がそのアメリカで大ヒットするとは、なんともアイロニーに取り付かれたバンドであった。

明日は「Tender」です。
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