今日は原宿のラフォーレ・ミュージアムでダニエル・ジョンストン。
ぼっさぼさの髪、剃ったのか剃りそこなったのかよくわからない無精ひげ、失礼ながらどこにも気合の入っていない体躯、グレーのカーディガン(たぶん)をそれごとウエストがゴムのジャージにインして、リズムもフレーズも音もかならずどこかが外れたりノイズったりしながら、ダニエル・ジョンストンは、なのに(?)、もうすばらしいとしか言いようの無い音楽をひょいひょいと惜しみなく歌い演奏してみせた。ラブ・ソングはとてつもなく可愛らしいラブ・ソングとして、凹んだ歌はびっくりするくらい明晰な論理をともなった絶望の歌として、けれど、そのどちらも、ダニエルはほっこりとした雰囲気そのままのほのかな光をその歌のひとつひとつに照らしていた。
これは、誰もできない。こんなことは、誰にもできない。
カート・コバーンがなりたくても、というか、すべてのミュージシャンが歌うことも演奏することもできないもの、それがダニエル・ジョンストンなのである。
ただ、だからといって、彼が彼岸の地で聖なる調べを奏でる聖人だなどという気は毛頭ない。むしろ、ここで聖なるものがあるとすれば、そのような「彼」もまた、われわれと同じように、このロックなるものに何かを見た、という事実なのである。そして、ダニエル・ジョンストンがいつだってかけがえがないのは、そのようなロック・ミュージックのとてつもない魔法を、何のまじりけもなく思い出させてくれることにある。