Phoenixの正しさとは

Phoenixの正しさとは

ひさびさに屈託のないライブを観たというか、ステージ上もフル・ハウスのフロアも、ピュアーな多幸感にあふれた夜だった。メンバーは終始笑顔&感謝で、オーディエンスも同じという、これはもう、彼らが体現しているものが完全に共有されているというか、もっと言えば、Phoenixという存在そのものがわれわれが感じている今の空気をそのまま象徴してしまっている、そういうことなのだろうと思った。

それはどういうことかと言えば、「これがこの現代に生きるわれわれの喜びであり悲しみなのだ」といった、諦観と覚悟のようなものだ。Phoenixの音楽は、誤解を恐れずに言えば、クリシェ、である。メロディにしても、アレンジにしても、これまでのポップの歴史が洗練を重ねてきた、その礎というかマナーを再構成する音楽である。その手さばきは、びっくりするくらいまっとうで方程式に則ったものだ。ではなぜPhoenixはクリシェを繰り返すのかといえば、それは現実そのものがクリシェだからである。変わり映えのしない毎日。ありきたりな今日。ありがちな幸運と、いつもどおりで退屈にしか感じなくなった不運。そういうわれわれの日常のリアルに向き合ったときに、その日常をつねに少しだけ明るくしてくれたポップの方程式というものもまた、それがたとえクリシェであったとしても、リアルなのだ。そこを、Phoenixは恐れないのである。

すべてを忘れてしまえるほどは喜べないけど、本当に死んでしまいたくなるほどには哀しくない。そんなわれわれの繰り返されるリアルに、Phoenixは、繰り返されてきたポップのマナーを堂々と対峙させていた。
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