【インタビュー】ウェット・レッグが5人体制で生み出した待望の2nd『モイスチャライザー』、その裏にあるケミストリーとインスピレーションの源を語る


傑作デビュー作から3年、ウェット・レッグが待望の新作『モイスチャライザー』を引っさげ還ってきた! 1st『ウェット・レッグ』の凄まじい成功はさぞ重荷になるかと思いきや、全くそんなことはなく、彼女たちは前作以上に活き活きと自由なことをやっていて、それに自信を漲らせている。リアン・ティーズデールとへスター・チャンバースに加え、今回はメンバー全員の個性が曲に活かされ、サウンドパレットは一気に増大、演奏力の強化により、前作ではあり得なかったようなグルーヴとヘヴィネスも獲得。僻地の島から世界へと急に引っ張り出され、自覚が追いつく前にバンドの肉体性を鍛える必要に迫られたツアーの日々の成果が、2ndでは遂に自覚した彼女たちの明確なコントロール下で、最大限に活かされていると感じる。また、リアンが激しい恋に落ち、自分の中に眠っていたクィアネスに気づいたことは、感情の振れ幅をよりビビッドに体現するようになり、声と歌詞に直反映されている。ホラーでスプーキーな最新ビジュアルに度肝を抜かれた人も多いかもしれないが、それもまたウェット・レッグの「全開」な新境地を象徴するものなのだ。(インタビュアー:粉川しの rockin'on 7月号掲載) 




●23年のサマソニで、短いインタビューをさせてもらったんですが、覚えていますか? 暑くてガヤガヤしていたバックヤードで。

「もちろん覚えてる(笑)。あんな夏真っ盛りの時期に日本へ行ったことがなかったから。そう、湿気がすごくて、あの暑さはそれまで体験したことがないものだった。あとフードエリアも覚えていて、そこで他の出演者の映像が流れていて、それから取材エリアがあって、そこのテーブルで取材を受けたのも覚えてる」

●そこでリアンが「今のわたしたちは、ものすごく大きなパレットを手にできて、そこに用意されているたくさんの色についてよくわかっている」と言っていたのが印象的でした。『モイスチャライザー』はまさに大きなパレットを十全に使い切った素晴らしいアルバムですよね。

「パレットの例えは、今回のプロモーションで自分も使い始めていたから今言われてビックリ。そう、わたしとへスターが1stを作ったときはふたりだけで、バンドの他のメンバーがいなかったし、バンドとしての団結力もまだなかったから、今よりも色の数が少なかった。そして今は、バンドとして約2年におよぶ長期ツアーをやって、そしてわたしとヘスター、バンドのジョシュア(・モバラキ、G/Syn)、エリス(・デュランド、B)、ヘンリー(・ホームズ、Dr)という5人のキーカラーがあって、しかもツアーやレコーディングの経験もある。それにまず本当に、2ndを作るチャンスをもらえたことがとても嬉しい。こうやってアルバムを作る時間やリソースを与えられるバンドはそれほど多くないから、2枚目が作れること自体に興奮したし、この5人でどんなアルバムが作れるのかってことにもすごくワクワクしていたの」

●1st『ウェット・レッグ』にもパレットに色はたくさんあったけれど、それが抽象的にコラージュされている感覚でした。でも今作は、より肉感的で立体的なアートになったように感じます。本作に取り組む上で、あなたたちが意識した方向性はどういうものだったんでしょう?

「何だろう……たぶん意識していたことでいうと、ひとつしかなかったと思うけど、このアルバムに必要なのは自分たちがライブで楽しめる曲だっていうのがまずあって。それはウェット・レッグのモチベーションとしてわたしとへスターがバンドを始めたときからずっと持ち続けているもので、『絶対フェスに出たいよね!』っていうところにこだわっていたし、音楽云々よりも、どうやったらフェスティバルに出られるか、ライブができるかってことを考えていて(笑)。それで新作だけど、これも自分たちが毎晩演奏して楽しい曲にしたいっていう以外の意図はそれほどなかった気がする。だってもし、というか願望としては、このアルバムがうまくいって好評を得たら、かなりの回数演奏することになるしね」

●本作のレコーディング、および曲作りはいつから始まったんですか?

「23年の11月にツアーが終わって、クリスマスを過ごして、それで……24年の3月中旬くらいに田舎の家を2週間ほど借りて、機材を全部持ち込んで設置してジャムセッションをして、2週間くらい休んでいる間に録音した音源を吟味して、そしてまた2週間くらい同じ家に滞在して前回やったことの辻褄を合わせるっていう。それで24年の11月に、前作もプロデュースしてくれたダン・キャリーと再びスタジオに入って……だから3月から11月までは、さっき言った田舎でのジャムから生まれたアイデアを磨いたり仕上げる作業だった。前作から結構時間が経っているから『今回はじっくり時間をかけたんですね』とか言うジャーナリストもいたけど、自分たちとしてはそんなに時間をかけたつもりはなくて、周りから『2ndを作るって、メチャクチャプレッシャーなんでしょ?』とか言われたりもしたけれど、わたしは『全然、そんなの感じないし、ビビってない! ゴチャゴチャ考えすぎないで、出たとこ勝負でとにかくやるだけ!』という感じで(笑)。実際そうやって作った結果、納得するものができてよかった」


●前作と意図的に変えた制作アプローチがあったとしたら?

「やっぱりあれだけ長い間一緒にツアーを回った経験が大きかったと思っていて、間違いなく何もかも変わったと思う。同じメンバーで来る日も来る日も一緒に演奏するチャンスというのはそうそう与えられるものではないから。バンドをやっていると演奏中の第六感のようなものが発達するというか、ある意味言葉を使わない会話みたいな、そういう絆が生まれてバンドとしてまとまってきたっていう。それは本当に今回のアルバムのサウンドにも出ていると思うし、前よりも筋肉質になったと思う」

●本作のサウンド的キーポイントはなんだと言えますか? 特に注力した点は?

「キーポイントは……ヘンリーみたいにドラムを演奏する人は誰もいないし、へスターのギターは本当にクリエイティブでキャッチーでフックがあって、それにエリスとヘンリーが一緒に演奏するときの息の合い方は尋常じゃなくて、レコーディングでもベースとドラムのテイクは全部頭から一緒にライブで録っていて、それはアルバムの空気感にとって決定的に重要だったと思うし、あと“ポンド・ソング”のジョシュアのチチッ♪ってやつが大好き……シンセに詳しくないから何て言えばいいのかわからないけど。今ここでジョシュアに説明してほしかった(笑)」

●自分自身についてはどうですか?

「ライブで歌うのとスタジオで歌うのは全くの別物なんだけど、前回はそれに気づいていなかった。でも今回は少し経験を積んで、自分の声、違う環境下での声の使い方を、前よりも少し理解できていたんじゃないかなと思う。それから5人とも全然違う影響を受けてきて、わたしとへスターはフォーキーなものの影響を受けて育って、ヘンリーの場合だったら間違いなくメタルを聴いてきているから、そういうのもキーになっていると思うし、自分たちでも気づかないくらい、本当に幅広い影響を受けているんじゃないかな」

●具体的にインスパイアされたアーティストや作品があったら教えてください。

「ええと……(少し考えて)これは本当にデタラメを言っているように聞こえるかもしれないし、意外に思われるかもしれないけど、エリスがある曲をバンド全員に送ってきて、トニー・クリスティっていうアーティストの曲なんだけど、クルーナーっぽいというかトム・ジョーンズとかそういう感じの、“Don't Go Down To Reno”っていうストリングスとかホーンとか合唱隊も入ったビッグバンドの曲で、自分的にはそれが……たとえば“ダヴィーナ・マッコール”とかに感じられると思っていて。たぶん他の人が聴いたらどこが?って感じだと思うけど、わたしの中では流れとかが通じるものがあって。でも本当にこれは伝わらないかも。それ以外は何だろう……でも影響を受けるにしてもかなり無意識だから。他のアーティストやミュージシャンにインスパイアされて、意識的に自分たちの曲にその要素を採り入れるバンドもいるけどね。わたしたちの場合はそうじゃない書き方で、何のプランもなく、何が出てくるかもわからないまま書くというか。でも、もちろん生活のなかで聴いたものや読んだものや観たものすべてが脳のフィルターを通って自分たちが作る曲に影響を与えているとは思う。なんか長い答えになっちゃったけど」

●いえいえ、全然です。デビューアルバムはその性質上、あなたたちのそれまでの長い経験を丸々糧にできるものですが、2ndアルバムは1作目から2作目までの数年間に限定される経験を、短いからこそ色濃く反映するものになる傾向があると思います。この『モイスチャライザー』に最も色濃く反映されたあなたの経験があるとしたら? 

「人を愛することや、恋愛に関する自分の考え方かな(笑)。メチャクチャわかりやすく反映されていると思う。1stは傷心で、2ndは誰かに夢中になって狂おしいほど好きっていう、最初はそれについて書くのが怖かったしあまり気が進まなかったけど……ラブソングって世の中に溢れているしね。でも書かずにはいられなくて、自分が感じている愛が強烈すぎて圧倒されてしまって、書き出したら止まらなかったの」

●前作の巨大な成功は「ウェット・レッグ」というバンドのキャラクターと音楽性を世界的に知らしめることになったわけですが、それは本作の制作において枷になった? 自分たちのイメージを打ち壊す、というモチベーションはありましたか?

「いやーそれはなかったと思う……うん、全然なかった。“シェーズ・ロング”リリース当時は28歳で今は32歳、つまりはウェット・レッグを始めたのが4年か5年くらい前で、だから人としても自然と変化して成長しているし、それはバンドのメンバー全員に言えることで。自分たちとしてはただやり続けているだけというか。それに自分は毎日自分だから少しずつしか変わってなくても、たとえば“シェーズ〜”しか知らない人が久しぶりに見たら急に進化したように見えるかもしれない。前作から結構時間も経っていて、人生もたっぷり送ってきて、たくさんの課題に直面して、成長を余儀なくされてきたと思うから」

●イメージの激変という意味では、あなたたちのビジュアルの変化にも驚かされました。このスプーキーでホラーな新ビジュアルのインスピレーションはどこから?

「そもそもこのバンドはみんなホラー映画好きだから、自然とそっちに引き寄せられたということだと思う。それに“ウェット・ドリーム”にしても“シェーズ〜”にしても、結構破壊的でズレていて、何かと何かを並置させたりっていうのは以前から遊んできた部分だと思う。体をくねらせたり動きはセクシーだけどロブスターのグローブをつけていたり、昔のプレーリードレスを着ながら音楽はそれと対照的でメチャクチャにロックだったりね。それはずっとこのバンドにあるもので。だから今回も、そういうクリーピーでキュートでセクシーでキモくてフェミニンで恐ろしいっていう、これまでのバンドのイメージが自然な形で発展したものだと思うし、個人的にもいつもやっていて楽しいものでもある」

●ただ、特にあなたの変貌は驚くべきものです。変貌というか、内なる自分を解放した野生味というか、とにかく今のあなたは「全開」という感じがします。

「アハハハッ」

●どうなんでしょう、本作の制作過程で初めて気づいた「新たな自分」がいるとしたら?

「それについては何て言うか、ウェット・レッグを始める前の、家賃を払うために働いて週末は友達と出かけたりしていた頃、自分をどう見せるかっていうことで言うと、当時はなるべく目立たないようにしようって考えてたの。主にコマーシャル撮影のセットで衣装アシスタントをしていたんだけど、そこはすごく男性が支配的な空間で、女性で衣装とかだと軽く見られて、だから目立つことを極力控えていた。黒を着てジーンズにスニーカーみたいな。とにかくその日一日誰にも怒鳴られないように自分をできるだけ小さく見せるっていう(苦笑)。クソみたいな話だけど、ちょっとガーリーな格好をしようものならまともに扱われないとか実際あったから。だから今はアーティストであることに乗じて、自分をどう見せたいのかを探っていて、昔はできなかったあれこれもかなり好き放題にやれるから、単純にそれを十分楽しんでるところ。それにステージの上は安心感があるというか、いきなり誰かに掴まれたりしないでしょ? 今わたしたちが生きている世界では、夜遊びして帰るときに自分が見せたい自分でいることは安全じゃない。だから自分が好きな格好をして、自分が好きなように自己表現できる安全な空間があるならば、その空間を利用したいと思うし、それはすごく力を与えてくれるものだと思う」

●先ほども話にありましたが、《Is It Love Or Suicide?》と歌う“シーピーアール”で幕を開ける本作は、ある種のラブソング集ですよね。クラブで男に誘われて吐きそうになる“キャッチ・ジーズ・フィスツ”のような曲もありますが、それでも前作と比較してシニカルなトーンは減って、よりストレートな感情を歌っているというか。


「確かに全般的には減っていると思う。それでもシニシズムは残っている気がする。1曲目の“シーピーアール”も愛をめぐって展開する内容だけど、崖の先端まで歩いて行ってそこに愛があるから飛び降りなきゃいけないとかっていうのもそうだと思うしね」

●日本のファンとしては“ポケモン”についても訊かずにはいられません。この曲の生まれた経緯について教えてください。

「あの曲は……最初に田舎の家を借りてジャムセッションから曲が生まれたっていう話をしたけど、それ以外にもWhatsAppでお互いにデモをやり取りしていたの。というのもバンドの半分はロンドン在住で半分は出身地のワイト島在住だから。それでジョシュアが送ってくれたチルなシンセのインスト曲があって、わたしがそれをGarageBandに読み込んでちょっといじったり歌ってみたりしたっていう感じで生まれた曲。歌詞については、わたしがツアーでずっといない間パートナーがすごく恋しくて、お互いに『ポケモンになってずっと一緒にいたい。どこへでも連れて行ってほしい』とか言い合ってたのが元になってるの(笑)」


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