日経ライブレポート「エド・シーラン」

エド・シーランの初来日は2012年だった。当時はまだ日本での知名度は低く、東京の青山にあるライヴバーで100人くらいのお客を前に短いアコースティック・ライヴを行った。幸運にも僕はそのライヴを観ることができた。

アコースティック・ギター1本と、その場で自分のギターや歌を録音し、そのフレーズを繰り返し再生することで伴奏にできるループ・ペダルだけのセットだったが、とても楽しく高揚感のあるライヴ空間を作りあげてくれた。

あれから6年、今やポップ・ミュージック・シーンのトップに立つスーパースターに成長した。今回、東京は武道館2日間だけだったが、今の彼ならドーム公演でもすぐに売り切れてしまうだろう。

超満員の武道館。登場した彼はギター1本を手にしているだけ。バック・バンドなし。足元には例のループ・ペダルがある。そう、彼は100人のライヴバーと同じスタイルで武道館ライヴを行ったのである。実はスタジアムのライヴでも彼はこのスタイルを貫いている。

巨大ヴィジョンの映像演出はあるが、それ以外の演出はなし。ステージには楽器があるだけでセットなし。音も基本的に彼が出すものだけ。それだけで最高のライヴ空間を作っていく。歌の力、曲の力、音楽の力に対する絶対的な自信がなければできないことだ。それを軽々と、しかも楽しげにやってしまう。

今や音楽市場はネットの定額配信が主流。そのデジタル世界の最大の勝者が、彼のような音楽を誰よりも肉体的に表現するアーティストであるのはとても示唆的だ。13日、日本武道館。

(2018年4月25日 日本経済新聞夕刊掲載)
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