エド・シーランの”Thiking Out Loud”が、マーヴィン・ゲイの”Let’s Get It On”の盗作であると1億ドル(約134億円)の損害賠償で訴えられていた。NYで裁判が行われていたのだけど、5月5日に、「盗作していない」という判決が出て、エド・シーランが勝訴した。
裁判は2週間以上にわたりNYで行われたので私も途中から傍聴したのだけど、シーランは裁判中、毎日朝から終わるまで裁判に出席していた。
ギターを持って証言台に立ち、歌を歌い、盗作ではないことを証明する場面まであった(この場面は私は見ていなかったけど)。判決が出た日も何時に判決が出るのか分からなかったけど、集合時間の朝10時からしっかり来ていた。
それから約3時間後の1時5分に陪審員が、シーランはこの曲を「独自に作ったもの」であり、盗作していないという評決を下し読み上げられると、シーランは立ち上がって、弁護士らとハグ。また、彼を訴えた”Let’s Get It On”の共同作曲家であるエド・タウンゼントの娘さんのKathryn Griffin Townsendのところにも歩み寄り挨拶して、短い会話も交わしていた。
ちなみに、今回訴えたのは、マーヴィン・ゲイの遺族ではなくて、この曲の共同作曲家のTownsendの娘さん。「父のレガシーを守ると約束したから」と。
シーランは判決が発表された直後に、裁判所の前でステイトメントを読み上げた。
この内容は1ページ半の長さだったけど、その一部は以下の通り。
「僕は当然のことながら、この裁判の結果にはすごく幸せに思っている。おかげで仕事を辞めなくてよくなったわけだから」。シーランは、裁判の証言台で、この裁判で負けたら、「廃業する」とまで言っていた。
「しかし同時に、このような根拠のない訴えが裁判されること自体にものすごい苛立ちを感じている。
歌詞も、メロディも、劇的に違い、4つのコード進行も違うし、世界中の作曲家達が毎日使っているこの2曲の話し合いに、僕らは8年間も費やしてしまったわけだから。
これらのコード進行は、音楽を作るために使われてきた基本的な構成要素であって、”Let’s Get It On”が書かれる前から存在し、僕らが死んでからもずっと使われていくものだ。これはソングライターにとっての”アルファベット”と同じで、誰もが使えるものであるべきで、それを所有する人はいないし、それをどのようにでも演奏しても良いはずだ。それは、誰も青という色を誰も所有していないのと同じだ」
シーラン側の主張は、彼がここで語っていることと常に一貫していた。
さらに、こうも語った。
「その他のアーティストと同じで、エイミーと僕は、曲を独自にクリエイトするために懸命に頑張り、曲は、本当の人生や、個人的な経験に基づいていることが多い。自分たちの人生を注いで懸命に曲作りにしているのに、それを他の人の曲を盗んだと訴えられるのは、あまりにショックで精神的な打撃も受けるし、侮辱的ですらある。
僕は単なるギター弾きであって、曲を書いて人に楽しんでもらうのが大好きなだけだ。これまでもそしてこれからも、誰かが金を取るための貯金箱になることは絶対にない。この裁判のためにニューヨークにいたため、アイルランドで行われた祖母のお葬式で家族と一緒にいることができなかった。その時間を絶対に取り戻すことができない」
この裁判を追っていたジャーナリストの人達と話をすると、シーランは毎日裁判に来なくても良かったのに、毎日最初から最後まで来ていたのも驚きだと言っていた。実際お昼休憩でも普通の人達と同じカフェで自分たちのチームと肩を寄せ合って時にシリアスに時にカジュアルに話をしていた。それほどこの裁判が彼にとって重要だったということだろう。
裁判が終わった翌日には早速ストリートに出て、スーツからいつも服に着替えて、車の上でサプライズのパフォーマンスを披露。「1曲だけ演奏して良いかな?」と言って始めたけど、数曲演奏している。彼の新作が出るため、ソーホー地区でポップアップストアを出していて、その前で行ったのだ。裁判後、ストリートから再出発というのが彼らしくて良いとも思った。
しかし、こうして終わってみれば、5月4日(木)に判決が出て、5月5日(金)に新作『ー』(Subtract)が発売。5月6日(土)全米ツアー開始という流れで良かったけれど、裁判の結果がこんなにすぐに出ない可能性だってあったし、終わったとしても、負ける可能性もあった。それ以前に私も傍聴していただけで、毎日疲弊したし、目の前でアーティストとして否定されるようなことも言われるため、どんなに精神的に辛かったかとも思う。
今回の裁判に関して数日傍聴しただけで学ぶことがあまりに多くて、行って良かったと思ったのだけど、非常に複雑かつまだ「著作権」に関して曖昧な部分も多いことが分かった。しかし、現在AIなども話題になっているし、マスターを全て売ってしまうアーティストも急増しているため、この「著作権」の線引きがこれまで以上に重要であることも実感した。
傍聴に来ていた各メディアのジャーナリスト達も、お互いに情報を交換しながら理解しようとしていたこの裁判の内容について、分かる限り、また可能な限り短く説明したいと思う。裁判では、大学の音楽論の教授が両者の証言者として出てきて、音楽が分からないかもしれない陪審員にメロディとは?まで説明する退屈な大学の授業を思い出す場面もあった。短くしても十分長いのだけど、興味のある方は以下の通り。
1)2018年マーヴィン・ゲイ対ロビン・シック、ファレルの訴訟
この裁判の結果は、エド・シーランだけではなくて、業界全体、ミュージシャン、専門家の間でも注目された。というのも、2018年、マーヴィン・ゲイのエステイトが、”Blurred Lines”が、”Got To Give It Up”の著作権侵害であるとロビン・シックとファレルを訴え、それまでの常識を覆して、マーヴィン・ゲイ側が勝訴したから。ロビン・シック側が、500万ドルの賠償金を支払うことになり、業界や関係者、専門家の間で衝撃が走ったのだ。
しかし、その後2020年に、レッド・ツェッペリンの”Stairway to Heaven”に関して、同様の訴訟があり、この時は、ツェッペリ側が著作権侵害をしていないと判決が下って勝訴。そのため、音楽シーン全体として、今回シーランの判決で著作権侵害をしていないとなると、”Blurred Line”で一旦覆された業界の常識が、再び通常に戻るだろうと期待されていたのだ。
2)訴訟の焦点
訴訟の内容は、まずタウンゼント側が、シーランが盗作したと訴え、シーランは盗作しておらず、曲は独自に作られたものだと主張。
タウンゼント側が盗作の証拠として挙げたのは例えば、
a.シーランが2014年のライブでこの2曲をマッシュアップして演奏したので、それが盗作を認める自白であると主張。
b.”Let’s Get It On”と”Thinking Out Loud”は、コード進行、歌詞、リズム、ボーカルメロディにおいて70%が同じだ。
シーラン側は、
a. エド・シーランが証言台で、「もし本当に盗作していたら、それをマッシュアップして2万人の前でパフォーマンスするなんて、バカだろう」と反論。
共作したエイミー・ウェッジも証言台で、この曲を2014年のある日いかにしてシーランと作ったのかも詳細に説明した。
2人ともその時、”Let’s Get It On”を盗作しなかったと証言した。
法廷で、ライブでマッシュアップした映像が流されると、シーランは、自らギターでパフォーマンスを行い、マッシュアップというのはミュージシャンはステージでよくやることであり、それは自白でもなんでもなくて、いかにポップソングに共通点があり、他の曲に簡単に移行できるのかということであると証言。
また、法廷で、自分の曲から、マーヴィン・ゲイのみならず、ニーナ・シモン、ビル・ウィザース、ブラックストリート、ヴァン・モリソンの曲へとマッシュアップするパフォーマンスも披露。「ポップソングにおいてこういうマッシュアップは簡単にできる。”Let It Be”から”No Woman, No Cry”へも」と証言した。
タウンゼント側の大学教授は、2曲の始まりの4つのコード進行とメロディがいかに同じかを証言したのだけど、その教授はシーランが実際に弾いているコードを変えて解釈したため、シーランは「これまで全てのコンサートで自分が弾いてきた」と、コードを自ら演奏し、「彼にとってはコード進行を変えた方が都合が良かったわけだけど、それは真実ではない」と否定した。
シーランはパフォーマンスを披露する時は終始感じが良かったそうだが、いざ反対尋問となると苛立ちをあらわにして、「誰かがいきなりやって来て、君の言っていることは信じらえない。盗作したに違いない。と言われるのは、曲の価値を下げるものであり、侮辱ですらある」と反論。さらに、この訴訟に負けることがあったら、「僕は終わりだ。これで辞める」とまで語った。
影響を受けたと言えば、むしろヴァン・モリソンの”Crazy Love”であるとも語り、だから、レーベルはこの曲を”ヴァン・モリソン・ソング”とニックネームをつけていたくらいだとも証言した。
b. この2曲の歌詞とボーカルメロディは劇的に違うと証言。70%同じと証言したタウンゼント側の大学教授は、シーランの弾くメロディを故意に変えているのでそれは「犯罪である」とまでシーランが反論。シーランはこれに関してもギターを弾いて証明した。
シーラン側の主張としては、この2曲で似ているのはコード進行の「I-iii-IV-V」だけである。しかも厳密には全く同じではない。どちらにしても、このコード進行は、”Let’s Get It On”より以前に存在したものであり、マーヴィン・ゲイの曲で初めて使われたわけではない。また、それ以降も数限りないアーティストの曲で使われているコード進行だ。コード進行は、誰かが所有するものではなくて、パブリックドメインであり、どんなアーティストも自由に使える道具であるべきだ。
また2曲の似ている箇所に関して、”Let’s Get It On"のコード進行とリズムの組み合わせがいかに独自のものなのかを、タウンゼント側は最後まで証明できなかった。
シーラン側も音楽論の教授が証言台に立ち、このコード進行が”Let’s Get It On”以前に発売された音楽の教科書などで、「最もよく使われるコード進行」として紹介されていることを証拠として提出。さらに、このコード進行が使われたマーヴィン・ゲイ以前の曲から以降の曲まで100曲以上を紹介した。
3)シーランの訴訟
エド・シーランが訴えられたのはこれで3度目だ。
a. 2016年、”Photograph”が、”Amazing”の作曲家に部分的に盗作したと訴えられた。シーランは、その時は、裁判はせずに”Photgraph”に、訴えた2人のクレジットを追加した。
b. 去年、”Shape of You”は、”Oh Why”を盗作していないとイギリスの裁判所が判決し勝訴。
この後に、シーランがインスタでコメントを発表していた。
「何の根拠もない訴えであっても、裁判するよりも示談にする方が安いと考えるだろうと、こういう訴えがあまりに当たり前になってきている。しかし、これはソングライターに多大なる損害を与える。音階は12にしかなくて、ポップミュージックで使えるコード進行には限りがあり、Spotifyで毎日6万曲もリリースされていたら、偶然というのは起きて当たり前だから」
「僕は1人の人間であって、裁判というのは全く楽しい経験ではない。なので、今回の結果がこれから根拠のない訴訟を避けることになれば良いと思う。こういう訴訟は今後本当にあってはならないと思うから」
シーランは、今回の裁判でも、こういう訴訟が増えているので、最近は曲の制作過程も全てレコーディングするようになったと証言していた。
4)最終弁論で語られたこと。
シーラン側の弁護士
「シーランもウェッジも”Thinking Out Loud”は独自に作り上げたもので、このような裁判は最初から起きるべきではなかった。
タウンゼント側は、このコード進行とリズムの組み合わせが、”Let’s Get It On”独自のものであることを証明できなかった。
2曲のメロディが違うことをシーラン側の教授は証明している。
もしこの裁判で原告が勝訴するようなことがあると、ソングライター達から基本的な作曲の道具を奪い取ってしまうことになるので、将来のミュージシャンに多大なる影響を与える。訴えられることを恐れてクリエイティビティが窒息してしまう」
タウンゼント側の弁護士
「シーランのセレブとしての魅力に惑わされてはいけない。
常識で判断し、裁判官のガイドラインに従って評決を下すように。
シーラン側は、彼の成功にとてもとても圧倒されて、あなた達を頼りにしている。
タウンゼントはクレジットされるに値する。
シーランは、この判決に負けたらミュージシャンを辞めると言ったが、もちろん辞めるわけはないし、何のダメージも受けずにこのまま続けていく。彼は、あなた達の感情を操作しようとしただけなので、惑わされてはいけない。
音楽産業だってあなた達の決断に関係なく、何事もなかったように続いていくので惑わされないように」
5)今後への期待
今回、コード進行のパブリックドメインが認められたことで、”Blurred Line”での衝撃の判決から、ツェッペリンの勝訴と合わせ、それ以前の通常に戻るだろうと期待されている。
とりあえず以上が、大まかな流れだ。コメントの中に、シーランが”Let’s Get It On”に影響を受けていないわけがないとか、マーヴィン・ゲイへの敬意が足りないなどと書かれていたりしたのを見かけたけど、シーランは当然”Let’s Get It On”は知っていたと証言している。それに、ここで裁判になっているのは、盗作したかどうかであり、影響を受けているか、尊敬しているのか、ということとは違う。
エド・シーランは、Disney+で4回のドキュメンタリーを公開中。
さらに、現在全米スタジアムツアー中だ。
新作発売後、N Yに続き各地でストリートに突然現れてファンを驚かせている。
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