日経ライブレポート「大貫妙子&坂本龍一」

坂本龍一のピアノ曲に大貫妙子が詞を付けて歌うという、とても意欲的な試みのコンサートである。最初にこのアイディアを聞いた時、素晴らしいと思った。皆さんも御存知のように坂本龍一のピアノ曲はメロディアスで歌心のあるものだ。この曲に言葉が乗ったらどうなるのだろう、僕自身そんな事を何度も思った事がある。しかも、それが大貫妙子という、プロデューサー、アレンジャー、そして曲の共作者として坂本龍一と長くかかわってきたアーティストによって行われるのは理想的だ。

実際、コンサートはとても楽しいものであり、これまでとは違う二人のアーティストの魅力に触れられる新鮮な体験だった。ただ改めて思ったのは、決して簡単な試みではなかっただろうな、という事だ。

やはりいくらメロディアスとはいえピアノ曲と、普通の歌とは違う。坂本龍一の究極まで研ぎ澄まされた一音一音は、ある意味言葉少ない、音と音との間の空白に多くを語らせるものだ。そこに言葉を乗せ歌にしていくのは難しい。言葉は俳句のようになり、歌は楽器のようになっていく。その壁を大貫妙子は見事に乗り越え、作品を豊かなヴォーカル曲へと作りあげていった。僕の観たライヴは既に何本かのツアーを経て来たものなので、程良い緊張感と安定感のバランスの取れたものになっていたが、最初は大変だったのではないだろうか。大貫妙子の坂本龍一の作品への愛、坂本龍一の大貫妙子の才能への信頼、音楽としての相思相愛が生む暖かい空気の中に居る快さを十二分に感じられるライヴだった。その空気をより密度の高いものにする映像も素晴らしかった。

12月11日 東京国際フォーラム

(2010年12月21日 日本経済新聞夕刊掲載)
渋谷陽一の「社長はつらいよ」の最新記事
公式SNSアカウントをフォローする

最新ブログ

フォローする