木村カエラが踊った。一曲目“Jasper”で、ステージ後方のビジョンに映し出される映像とシンクロする形で、実にシャープな動きを見せてくれた。実はデビュー初期の木村カエラは余り動かない人であった。イメージでは、いつもステージでは踊っている感じがあるが、実際はそうではない。木村カエラは、イメージと実像の落差のあるアーティストだ。
モデル出身という事で、アマチュアなボーカリストのイメージがあるが、本当は優れた歌唱力を持ったシンガーだ。ポップなイメージから明るい世界観の歌詞を連想するが、彼女が書く歌詞の多くは内省的で、暗いものが多い。一時、彼女はそうした落差に苛立ち、自分のメイクやファッションを意図的に過激な方向へ振った事がある。しかし、現在の彼女はそうしたパブリック・イメージを引き受け、それを消化して自分の世界を作りあげる余裕を持てるようになって来た。
しかしそれは決して受け手の欲求に妥協した結果ではない。人々の求めるイメージの中にこそ、自分の知らない自分自身のポップ・アーティストの本質があるのでは、という優れたポップ・スターの多くが持つ認識を彼女も持つ事ができた成果なのだ。
最新アルバムのメッセージも、とてもポジティブなもので、彼女が正しくポップ・スターの道を歩んでいる手応えが感じられる作品であった。今回のライブはそのアルバムのメッセージを踏まえた内容で、演出もポップで楽しい。何よりも動き踊るカエラが発するエネルギーが快い。そして、それが自然ではなく努力によるものである所がより素晴しい。
2008年7月9日 NHKホール
(2008年7月22日 日本経済新聞夕刊掲載)
日経ライブレポート「木村カエラ」
2008.07.28 17:25