日経ライブレポート「佐野元春」

「サムデイ」は佐野元春の代表曲というだけでなく、日本のポップ・ミュージック史に残るスタンダードといっていい。実際多くのアーティストがカバーして、それがまたそのアーティストの代表曲になっている例もある。しかし佐野元春のライヴにおいてこの「サムデイ」がハイライトであるかと言えば、そうでもないのだ。ライヴに来る熱心なファンにとっては、もっと重要で愛すべき曲がたくさんあるのだ。一般的なヒット曲とファンにとっての重要曲が違っている事は多い。そしてファンも佐野元春も、どこかで佐野元春といえば「サムデイ」という公式にちょっと飽きてきてしまっていた。

しかし、この30周年アニバーサリー・ツアーにおいて「サムデイ」はハイライトであった。曲の前に佐野元春はていねいなMC(しゃべり)をした。そこで語ったのは、この曲がとてもたくさんの人に愛されている事への感謝、そしてそんな曲を持っている事の幸福である。一時期、この曲に距離を感じていた正直な気持ちもユーモアを持って告白していた。代表曲のほとんどが歌われた祝祭感に満ちた30周年ライヴにおいて「サムデイ」が再びハイライトの地位に立った事、それは今の佐野元春が自らのキャリアの全てを引き受け誇りに思っている事の象徴のように思えた。

僕の個人的なハイライトは「欲望」だった。彼の持つ前衛性がこの2011年においても圧倒的な力を持っている事を証明する素晴らしい演奏だった。常にイノベーターとして挑戦を続けて来た佐野元春が、今だに挑戦者として戦意を全く失っていない事がとても嬉しかった。そして、それが「サムデイ」の祝祭感と一体になった、まさに30年のキャリアを総括するライヴだった。

6月18日 東京国際フォーラム

(2011年6月28日 日本経済新聞夕刊掲載)
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