日経ライブレポート「マイ・モーニング・ジャケット」

本国アメリカでは数万人収容のアリーナでしか観ることのできないこのバンドのライヴを2千人に満たないキャパのライヴハウスで観ることができる、それだけでもとても貴重な体験であった。もともとはケンタッキー出身のサザン・ロック色の強いバンドだったが、アルバムを重ねるうちに音楽の幅を広げていき、今や最も現代的なジャム・バンドとしての人気と評価を獲得するまでになった。

ジャム・バンドというのはライヴにおける即興演奏などにより、独特の世界観やグルーヴを生んでいくスタイルのバンドである。彼らもフェスなどでは4時間のライヴをやったりして、音楽ファンの間では「宇宙一」のライヴ・バンドとまで呼ばれるほど、そのパフォーマンスには定評がある。ただ彼らが素晴らしいのは、そうした独特の世界が決して閉鎖的なものにならず、常に開かれていてポップなところだ。だからこそアリーナ・ツアーが出来たり、グラミー賞にノミネートされたり、という確かな実績を残せているのだ。

この日のライヴも、まさに彼らのジャム・バンドとしての素晴らしさをいかんなく発揮した演奏だった。長いインプロヴィゼーションがあり、サイケデリックな音世界をライヴならではの手法で構築していく試みがあったり、ジェットコースターのような2時間半であった。一歩間違えるとアーティストの自己満足に終わりかねないジャム・バンドとしてのリスクを見事に回避した、良質なロック・エンターテインメントであった。彼らの、常に聴衆の視線と正面から向き合う姿勢が、彼らを正しい21世紀型のジャム・バンドとして成功させているのだ。

3月29日、渋谷AX
(2012年4月9日 日本経済新聞夕刊掲載)
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