バンドと聴き手との強い信頼関係が生む熱気が会場に溢れていて、とても気持ちのいいライヴだった。前日のステージでは、ヴォーカルのジェフが「この観客最高だから、一緒にツアーしないか」と言ったらしいが、僕の観た日も観客の反応は素晴らしく、バンドはとても楽しそうに演奏していた。
グラミー受賞のキャリアを持ち、高い音楽的な評価を獲得しつつレコード・セールス的にも手堅い成果を残している米国のバンドだ。アルバム毎に多様な作風に挑戦していく姿勢はデビュー当初から変わらないが、一貫しているのはジェフの書くメロディーの素晴らしさと、音楽に対するストレートな愛だ。
ライヴになると、そのストレートさと音楽に向かう肯定的な姿勢がより前面に出て来て、会場は幸福感に満ちて来る。この日も客席からたくさんの合唱が起き、彼らならではの一体感が作り出されていた。
彼らの世界を立体的なものにし、より奥行きのあるものにしているのが、これもデビュー当初からある実験性、前衛性だ。常に実験的な試みに挑戦し、バンドの大きな柱になっている。僕はこの前衛性が好きで、この日のライヴでもそうした実験性のある楽曲により心を動かされた。そして思ったのは、彼らがそうした前衛性を持ち続けているのはロック・バンドとしての正しい時代との向き合い方の反射神経があるからなのだということだ。彼らはいわゆる前衛性や実験性を第一義とするバンドではない。しかしロック・バンドとしてのリアルを持ち続けるには、単なるグッド・メロディーと確かな演奏だけでは十分でないことを知っているからだ。
古典的でありながら未来的でもある、とても奥行きのあるライヴだった。
13日、渋谷AX
(2013年4月23日 日本経済新聞夕刊掲載)
日経ライブレポート「ウィルコ」
2013.04.25 18:55