ジム・ジャームッシュ監督はイギー・ポップとトム・ウェイツのどちらかからゾンビ映画を思いついたのかもしれない。真相はわからないが、イギーは依頼の電話に「そいつはクールだ!」と答えたそうだ。
音楽界的にはアリス・クーパーのパフォーマンスやマイケル・ジャクソンの“スリラー”がすぐ浮かぶように、アメリカ人のゾンビ好きを考えると不思議じゃないが、それでもアメリカを代表するインディペンデント系監督のジャームッシュが、彼らしいオフビートで寡黙な『パターソン』(2016年)の次に撮ったのがゾンビ映画!?と聞くと驚きはする。
映画『デッド・ドント・ダイ』は、そんな戸惑いを吹き飛ばしてくれる快(怪)作に仕上がった。
ビル・マーレイ演じる田舎町センターヴィルの警察署長クリフと、部下で、『パターソン』での存在感が忘れられないアダム・ドライバー演じるロニーのコンビがある日遭遇するのが、町で唯一のダイナーの主人らが内蔵を食いちぎられた血まみれ死体。ロニーの、ゾンビの仕業では、との言葉で物語は一気に展開していく。
ジョージ・A・ロメロ監督の古典ゾンビ映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を始め、さまざまなゾンビ映画へのオマージュや引用が楽しく、一つ一つのアイデアにジャームッシュ自身の思いが乗っかっていく様子がうかがえる。そこに加えて、親交の厚い一癖も二癖もある出演者たちが絶妙に肉付けしていくのだ。
イギー・ポップのコーヒーに執着するゾンビっぶりはノーメイクでOKだったのではと思わせるし、よくわからないが狂言回しっぽい存在のトム・ウェイツ演じる「世捨て人ボブ」もまさに適役で、この人たちが出てるだけでジャームッシュ映画のビート感が出てくるから不思議なものだ。
墓地から続々とゾンビが出現し人々が襲われゾンビ化していくが、そこらの特殊メイクは見事で、ホラー映画らしく血しぶきや撥ねられた首がドバドバ飛び交う。だが、驚かすことに主眼を置いているわけじゃないのでどこかユーモラスだったりするし、ゾンビに立ち向かうのがタランティーノの『キル・ビル』ばりに日本刀を振り回す葬儀場の女主人だったりするあたりもニヤリとさせられる。
なぜゾンビ映画だったのか、という疑問には「ゾンビというのは、お互いへの思いやりや意識を失うことのへのメタファーだ」とジャームッシュは語る。スマホ画面に見入って周囲が見えない姿や、さまざまな物欲に振り回されるゾンビとは我が身の投影でもあり、なるほど、そこから引きずり出されたのかと納得させられたジャームッシュ最新作だ。(大鷹俊一)
●映画情報
『デッド・ドント・ダイ』
2020年 近日公開
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、ティルダ・スウィントン、イギー・ポップ、セレーナ・ゴメス、 トム・ウェイツ
公式サイト: https://longride.jp/the-dead-dont-die/