去る10月16日に発売されたザ・ストラッツの第3作『ストレンジ・デイズ』がUKチャートで11位を記録、ここ日本でもすでに前2作を超える実績を上げている。
ロビー・ウィリアムス、アルバート・ハモンドJr.、デフ・レパードのジョー・エリオットとフィル・コリン、さらにはトム・モレロといった、豪華でなおかつ意外性も感じさせるゲスト・ミュージシャン達の顔ぶれも話題となっているが、それ以上に重要なのは、彼らがこのアルバムをわずか10日間で録音してしまったという事実だろう。
このコロナ禍、スタジオにこもってごく短期間のうちに制作されたアルバムとしては、たとえばコリィ・テイラーの1stソロ・アルバム『CMFT』や、ブルース・スプリングスティーンがEストリート・バンドとふたたびタッグを組んで作った『レター・トゥ・ユー』などがある。
後者の場合、時間をかけずにアルバムが完成されたことは、この状況下でスプリングスティーンが発信するメッセージが最小限の時差で届けられることに繋がったわけだが、ザ・ストラッツの場合、そうした点以上に意味が大きかったのは、バンドの地力の高さ、彼らが過剰なプロデュースを必要としないことを今作によって実証できたことだろう。
もちろん、彼らがこれまでに発表してきた『エヴリバディ・ウォンツ』、『ヤング&デンジャラス』の2枚についても決してオーバー・プロデュースな作品とは言えないが、筆者自身の中で少しばかり気になっていたのは、どちらのアルバムにも複数のプロデューサーや共作者の名前がクレジットされていた点だ。
それ自体はよくあることではあるが、彼ら自身がロック・バンド然としたたたずまいをしているにも拘らず、そうした手法にはいわゆるボーイズ・グループの方法論に通ずるところもあり、もしかして必要以上に“大人たち”が関わっているんじゃないか、という疑念を捨てきれないところがあったのだ。
実際、彼ら自身の実力については、過去2回のサマーソニック出演時や単独来日公演時のライブ・パフォーマンスを通じて証明されてきたわけだが、過去、ことに英国から登場する「若さに似合わぬ70年代的テイストのロック・バンド」たちの中には、本人たち以上にプロデューサーやソングライターの意向がそうした方向性設定に反映されているケースも少なくなかったし、そうしたバンドほど短命に終わりがちだった。
ザ・ストラッツがそれと同種のバンドではありませんように、と願うような気持ちが、彼らのデビュー当時から自分の中にあったことを僕は認めざるを得ない。
ところが彼らは今回、確かにプロデューサーであるジョン・レヴィーンの力を借りている部分もあるとはいえ、マネージメントの関係者などが制作現場に立ち会うこともない状態で、レヴィーンの自宅に泊まり込みながら今作を作り上げてきた。そして完成直後に筆者が行なったインタビューの中で、フロントマンであるルーク・スピラーは次のように語っている。
「今回のことは、間違いなく今後のプロジェクトの雛形になるはずだ。絶対そうなってくるよ。ザ・ストラッツを最小限の人間と一緒にひとつ屋根の下に放り込んでおけば、それだけですごく良い作品を持って帰ってくるぞ、ということを、それこそレーベル側に向けても証明できたわけだからね。
少なくとももう一回は、こういうやり方を踏襲することで前に進めるはずだと思ってる。それくらい新鮮な体験だったんだ。前2作はどちらも完成までにとても時間がかかったけども、こういうやり方がこのバンドにとって有効だってことが今回は実証できたんだ。だからこそもう一回は同じような手法でやってみたい。まあ、10日間じゃなくて12日間もらえるなら、なおありがたいけどね(笑)」
同様に、ギタリストのアダム・スラックは「これまではヒット・ソングを書かねば、というプレッシャーを感じながら曲作りをしていたこともあったが、今回は純粋に自分たちの作りたいものだけを形にすることができた」と発言し、これまでの制作環境において、彼らの作業進捗状況に対して大人たちが目を光らせていたことを匂わせている。
確かに、若い時分に大人たちからの助言に耳を傾けるのも大切なことではあるし、そうした作り方だったからこそ、過去2作がシングル候補の宝庫のようなアルバムになり得ていたのかもしれない。
が、幸か不幸か、それが「大ヒットの連続!」みたいな成果に繋がることはなかったし、逆に過去2作が馬鹿売れしていたなら、レーベルやマネージメントは従来のやり方を踏襲することにこだわった可能性もある。そうした意味においては、こうした世情ゆえの苦肉の策めいた制作方法ではあったものの、それが吉と出たというわけだ。
残念なのは、そんな彼らの地力がダイレクトに反映された作品が誕生したというのに、すぐさまツアーが始まるわけではないということ。2021年3月には英国で4都市を巡演するアコースティック・ツアー、そして4月には延期措置となっていたジャパン・ツアーが、当初予定されていたよりも大きな会場設定で行なわれることになる。
今はとにかく、どうにかこの事態が収束に向かい、できるだけ通常の状態に近い形でこの公演が実現に至ることを願うばかりだ。そして、まさにストレンジな日常の産物といえるこの2020年生まれの名盤に対する認知が、さらに広い層へと広がっていくことを願っている。(増田勇一)
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