まるでUKブラック・ミュージックのカレイドスコープ――謎のR&Bユニット、ソーはなぜ、たった2年で早くも伝説となり得たのか? その全貌に迫る!

まるでUKブラック・ミュージックのカレイドスコープ――謎のR&Bユニット、ソーはなぜ、たった2年で早くも伝説となり得たのか? その全貌に迫る!

2019年からリリースを続けているイギリスのR&Bユニット、ソー(Sault)。便宜的にR&Bとしたが、R&Bのど真ん中からアフロ・ビート、そしてUKのダンス・ミュージックのビートなどをすべてのみこんだ、イギリスから発信される総合ブラック・ミュージックといった方が正確だ。

この2年間のうちに『5』、『7』、『Untitled (Black Is)』、『Untitled (Rise)』と4枚のアルバムをリリースしてきていて、そのいずれも絶賛をほしいままにしている。しかし、ユニットの詳細についてはほとんど明らかになっていない謎のグループなのだ。

オフィシャル・サイトではリリース以外の告知はないし、各種SNSもリリース告知のみに徹していて、メディアへの露出もインタビューなどの活動も一切行っていない。わずかにクレジットなどから判明しているのは、マイケル・キワヌーカのプロデューサーを務めていたインフローことディーン・ジョサイア・カヴァーがユニットの中心人物になっていて、ほかにイギリスのボーカリストのクレオ・ソル、シカゴ出身のMCのキッド・シスター、それとキーボード奏者やソングライターのカディーム・クラークらが軸となっていることだ。

音楽の内容については、先にも触れた通り、今のイギリスの総合ブラック・ミュージック、つまり、コンテンポラリーな要素とクラシックな要素を併せ持ち、ビートはエッジが立ち、さらにイギリスでは特に重要な要素となるカリブ系の影響の強い歌の節回しやMCが特徴的で、まさにイギリスならではのブラック・ミュージックとなっている。

そして、歌詞的には徹底してイギリスの黒人のアイデンティティを問うものになっていて、言うまでもなくここがこのユニットにとって最も重要なテーマとなっているはずだ。おそらく、メディアへの露出を一切断っているのも、こうしたアプローチがぶれないように意識的に雑音を遮断したいという決意があってのことなのだろう。

こうしたアプローチを極めたといってもよかったのが2019年の『7』で、どこまでもソリッドなベースを軸とした硬質なサウンドでありながらも、歌やコーラスでそこにオーガニックな厚みをもたらすパフォーマンス、そして聴き手を鼓舞する硬派なメッセージと同時にきっと大丈夫だからと聴き手を励ます温かさが同居するという、稀有な音楽体験となっていた。


しかも、ひとつひとつの作業をかなり極めているので、たとえば、ベースのサウンドの突き抜け方がものすごくて、どこかポスト・パンク期の実験的なサウンドと思えてくるような鳴り方をしているのがとても刺激的だったし、そこがまた極めてイギリス的なところでもあった。

しかし、翌2020年6月にリリースされた『Untitled (Black Is)』はまた新たなるフェーズを標すものだった。言うまでもなく、これはジョージ・フロイド事件に端を発したブラック・ライブズ・マター(BLM)に触発された作品で、全編が黒人に対する不当な暴力に対決していく決意を歌った内容となっていた。


『7』の時点までのソーにおいて、いわゆるBLM的なモチーフやトピックは、たとえば"Living in America"のように、イギリスとは違う土地の話として、対岸の火事として歌われていた。しかし、この作品ではジョージ・フロイド事件とBLMを全面的に当事者として取り上げていくことになっていて、それゆえの異常ともいえる熱量がこの作品を際立ったものにしていた。実際問題として、ジョージ・フロイドの死から25日後にこのアルバムはリリースされているということからも、どれほどの感情と衝動がこの作品を突き動かしていたのかということはわかるはずだ。

それに対して20年9月にリリースされた『Untitled (Rise)』は、この体験を充分に昇華して、ソーの音としてあらためて表現したものになっていた。時期的にはジョージ・フロイド事件をきっかけとしたBLM運動が世界的な抗議運動へとなった時のリリースでもあったので、その潮流に触発されたアルバムかと思われたが、むしろジョージ・フロイド事件の衝撃をきちんと熟成させてソーとしての表現に向かわせたもので、遥かに完成度の高い内容を誇ることになった。

『Untitled (Black Is)』が事件から受けた衝撃による感情や思いの無作為な表出であったのに対して、『Untitled (Rise)』はその体験が完全に作品化されていて、曲ひとつひとつがこの事件を経験したさまざまな人たちの反応なり思いなりをパノラマ化していく内容となっていて、それゆえにこれは傑作以外のなにものでもないのだ。

そこで共感出来る曲や好きな曲は人それぞれだろうし、実際問題として、どの曲も完成度があまりにも高い。ただ、個人的には、"Free"における、オールドスクール・ヒップホップ的なアタック感と、イギリスのクラブ・カルチャーの普遍性を初めて世界的に伝播させたソウルIIソウルをどこまでも彷彿とさせるあまりにも切ないコーラスの反復と交錯に、大きな感動を覚えた。


この先、どういう展開が待っているのかまったく読めないユニットだが、ここまでの時点だけでひとつの伝説となりうるような業績を残しているのは確かだと思う。(高見展)



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