ロッキング・オン 2022年2月号の表紙巻頭特集にて、そのキャリアを取り上げた“ポップミュージック最高の知性”こと、ブライアン・イーノによる展覧会『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』が、6月3日より京都を舞台に開催されている。
世界初公開となるインスタレーション『Face to Face』(『フェイス・トゥ・フェイス』)を皮切りに、国内最大規模で行われる貴重なこのイベント。いちイーノファンとしては見逃し厳禁だろうとの想いで参加してきた。
結論――予想を遥かに上回るインパクトを与えてくれる展覧会であったので、その模様を少しでもロッキング・オン読者と共有したく、ここにレポートさせてもらいたい。
まず、この特別な祭典の会場となったのは、京都中央信用金庫 旧厚生センター。JR京都駅から徒歩約5分にある、築90年のシャープかつ静謐な美しさを誇る建物である。
一見ドライな印象を与えるその建造物の内部では、イーノの無限のインスピレーションが渦巻き、ファンの来訪を待ち侘びているという事実を想像すると、否が応でも会場に向かう足取りが早まっていくのを感じる。
ありきたりな日常を手放し、別の世界に身を委ねることで、自分の想像力を自由に発揮することができるのです。――ブライアン・イーノ
会場に入ると、すぐさまイーノからのメッセージが来場者を歓迎する。既に我々は、イーノの世界にその身を投じているのだ。
入場後、会場スタッフのアドバイスに従い、3Fにしつらえられた世界初公開の『Face to Face』から鑑賞スタート。
展示室内には、実在する21名の顔(フェイス)をソフトウェアにより合体させた「ひとつの顔」が、3つのスクリーンそれぞれにひとパターンずつ投影されている。各々の顔はゆっくりと、今実在している顔から、次の顔へと移りゆき、鑑賞者は「過去には存在していなかった顔」、「ジェンダーを超越した顔」など、毎秒30人ずつ、3万6000人以上の新しい顔の誕生を見守っていく。
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ロキシー・ミュージックを始め、各プロデュースワークやアンビエント、ビジュアルアートの制作者など様々な顔を持ち、世界に衝撃を与え続けるイーノそのものを描いた様なインスタレーションに、しばし時間を忘れ見入ってしまう。
なお、本展覧会はこの『Face to Face』含め5つの作品から構成されている。
続いて向かうのは、同フロアにある『The Ship』(『ザ・シップ』)。言わずと知れたイーノの同名アルバムのサウンドが、大小さまざまなスピーカーから展示空間を満たし、極限まで落とされた照明により、来場者は作品世界へ容易に没入することができる(上記の写真はイメージにつき、実際の展示は闇の中に近い状況で体感する)。
この作品は、タイタニック号の沈没、第一次世界大戦、そして傲慢さとパラノイアの間を揺れ動き続ける人間をコンセプトの起点にしたインスタレーション。
2022年現在も、絶えず続く騒乱や破壊行為、人類の傲慢さ、テクノロジーにあたふたと翻弄される人生のひとコマなどが、ふと頭をよぎるも、同空間内のかすかなライティングが、天から降り注ぐ光のごとく、不安に満ちた世界を手探りで遊泳する人類を励ましているかの様に思え、かすかな希望を与えてくれた。
次にひとつフロアを下り、『Light Boxes』(『ライト・ボックス』)の展示室へ移る。室内に配置された3つの箱(ボックス)はそれぞれ、LEDならではの柔らかな面持ちを従えて、アトランダムに赤、紫、緑、青・・・と、その照らし出す光の色を変えながら、常に新たな表情/組み合わせを我々に提示してくれる。
イーノのアンビエント世界を、視覚的に表現したかのような空間は、鑑賞者の表情もどこか優しいものに変えている様に思えた。
2006年、日本にて世界初公開、その後イーノのビジュアルアートの代表的作品となった『77 Million Paintings』(『77 ミリオン・ペインティングス』)。今回が16年ぶりの日本での展示になる。
今回の展覧会でも、1Fに位置するもっとも巨大なスペースを使用する本作は、正にインスタレーションそのものが鑑賞者を包み込むかの様な圧倒的なインパクトを誇っていた。
13面の巨大LEDパネル上の映像は常に変化し続け、また展示空間を取り巻くサウンドもひと所に止まらず変わり続ける。鑑賞者はスペース内のソファーにゆったりと身を沈め、その目と耳で、イーノとの一期一会の瞬間を絶えず、体感出来る。
なお作品タイトルの、77 Million=7700万という数字は、システムが生み出すことのできるビジュアルの組み合わせを意味しており、光とサウンドのシナジーが生み出す、アートの可能性を最大限、鑑賞者に提示するものとなっていた。
今回の『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』には、日本初公開となる作品がひとつラインナップされている。それが『The Lighthouse』である。
これは、展覧会の作品『ライト・ボックス』と『フェイス・トゥ・フェイス』に加え、会場内の廊下や階段など(化粧室も!)で同一のオーディオ作品をプレイし、各展示や会場内スペースをひとつの空間であるかのように、シームレスに接続する試み。
鑑賞者は会場の中で同一のサウンドを体感することが出来、外の世界からこの特別な空間に存在しているという意味性をより強調するものになっていた。
ここまでが、「BRIAN ENO AMBIENT KYOTO」で筆者が鑑賞したすべてになる。ブライアン・イーノという、決して枯れることのない才能の大きさを改めて体感し、この先のイーノ作品への期待もますます深くしてくれたエキシビジョンだった。
会期は8月21日までとアナウンスされているので、気になっているロッキング・オン読者は是非足を運んでほしい。ブライアン・イーノの創造性は、我々を受け止めるべく、京都で両手を広げ待っているのだ。(伊藤哲)
『BRIAN ENO AMBIENT KYOTO』
2022年6月3日(金)−8月21日(日)
@京都中央信用金庫 旧厚生センター
公式HP: https://ambientkyoto.com/