悲劇を反転させた攻撃的な創造性

ビョーク『ヴァルニキュラ』
発売中
ALBUM
ビョーク ヴァルニキュラ
長年のパートナーだった現代美術家のマシュー・バーニーとの別離が大きな動機とされる本作において、楽曲の主題を担っているのがビョークみずからアレンジを手がけたというストリングス。ほぼ全編にわたり荘厳で哀調を帯びた音色が奏でられ、この悲劇のアルバムをドラマチックに彩っている。過去の作品における巧緻な弦楽アンサンブルと比べるときわめて装飾的なアレンジだが、そこにはビョークの衒いのない感情の吐露が窺えて興味深い。

そして本作の最大の話題が、ビョークと共に楽曲のプロデュースを手がけたアルカとハクサン・クロークの存在である。両者によるインダストリアルやドローン等の意匠を施したエレクトロニックなプロダクションが、その音色や旋律に深い陰影と混沌とした歪みを与えている。なかでも白眉は、10分を超える沈痛なM4と、悪夢のようなダーク・オペラM5だろうか。あるいは、もうひとり気鋭のサウンド・クリエイターのスペーシズを迎えた、デス・グリップスのシンセ・ヴァージョンのような最終曲も壮絶だ。メロドラマのサウンドトラックに堕すことのない、音楽的な先鋭性への目配せはさすがビョークといったところか。多彩な楽器隊や大世帯のコーラスを擁した過去の作品と比べればモノトナスな色調だが、逆にビョークが本作で表現したかった「トーン」のようなものが明確に、強烈に伝わる内容と言える。

もっとも、新機軸という面では、音楽的にもコンセプト的にも然したる特徴は見当たらず、そこに物足りなさを覚えなくもない。あとはライヴでこの作品世界がどう表現されるのか。それが楽しみだ。(天井潤之介)
公式SNSアカウントをフォローする

人気記事

最新ブログ

フォローする