ミスティ版『赤心の歌』?

ファーザー・ジョン・ミスティ『ゴッズ・フェイヴァリット・カスタマー』
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ALBUM
ファーザー・ジョン・ミスティ ゴッズ・フェイヴァリット・カスタマー

前作リリースから1年ちょっとという驚きのペース――既に去年のツアーでも何曲か披露されている――だけに、音楽的には『ピュア・コメディ』の腹違いの兄弟のような存在と言える。ビートルズの『ホワイト・アルバム』やジェフ・リンを彷彿させる①⑤⑦のようなワイドスコープで密度の濃い曲もあるとはいえ、トータルでは『ピュア〜』の柱である2曲=“リーヴィング・LA”と“〜マジック・マウンテン”のダウンなストイシズムに、『フィアー・ファン』の奔放さが少々混じる。プロデューサーにして片腕的存在のジョナサン・ウィルソンは今回客演に回っていて、たまたまスタジオで出会ったフォクシジェンのジョナサン・ラドーが流れでレコーディング/プロデュースを担当した……というインプロで流動的な作りも、その「隙」に作用しているだろうか? とはいえ本名のJ・ティルマン名義時代以来になる自らのポートレートを配したジャケットからも察せられるように、FJMにブレイクをもたらした前2作のコンセプチュアルな絵巻的作品ではなく、いわば私家版バラード集めいた(彼にしては)カジュアルでリラックスした内容になっている。

かといっていわゆる「勢いで作った自己満足のアウトテイク集」、「気まぐれな番外編」などではなく、ゴージャスなメロディが惜しみなく詰まった、1枚の作品として独立した存在になっているのはさすが「当代随一のソングライターのひとり」と評される才人の地力だ。本作の動機として、当人は2ヶ月間のホテル暮らし、それにまつわる様々な不運・困難を海外メディアでもらしている。30代半ばの既婚男性がみっともなくホテルに逃げ込む図式というのは――まあ大方の原因は浮気だろう。

『ピュア〜』で繰り広げたインターネットとトランプのアメリカに向けた現代的/社会的な問い・危惧・怒りも若干残るとはいえ、歌詞の多くにうかがえるのは「失われた週末」期のジョン・レノンを彷彿させる孤独と厭世観であり、そこから発した内省・自問・痛みの言葉にはなるほど疑問符が多い。②⑤の痛切さは、この人の「苦さを音とメロディの糖衣でくるむ」の得意技がなければ聴きづらいはずだ。3年前の『〜ハニーベア』が最愛のパートナーとの出会いと熱愛、結婚に至るまでを綴ったロマンチックな絵巻=充足とユーフォリアがテーマだったことを思うとこの展開は意外だったりするのだが、男性というのはそんな風に、ひとつところに落ち着けず獲物を追い続ける狩人なのも事実。この人の今やっているFJMというペルソナ自体が「軽い、うさん臭いプレイボーイ」というキャラ設定なので、本作に浮かぶ心象のどこまでが本心なのか演技なのか、リアルとフィクションの境界線はうまくぼかされているけれども。

しかし、仮に彼の結婚生活が一時的な暗礁に乗り上げていたとして、それを契機に1枚のアルバムを作ってしまう情熱・作家根性は認めざるを得ない。そのものずばり“ザ・ソングライター”と題された⑨には、あばたもえくぼも包み隠さず曲の題材にしてしまうそんな作曲家に対して「あなたは自分のイメージのためにわたしを繰り返し公の場で裸にするの?」となじる声(彼の妻で写真家、ミュージック・ビデオにも出演してきたミューズ=エマ・ティルマンの思いと解釈するのはたやすい)が登場する。あけすけであるからこそ愛されるFJMの「作家としての業」にとってこれは痛い内部告発だが、この曲でのむしろ穏やかな歌唱からはホテルの部屋で深夜にたったひとり、鏡と対話する彼の姿が浮かんでくる。

過去数年で「突飛なトリックスター」としてインディ界の遅咲きアイドルと化し、ビヨンセやレディー・ガガらメインストリームな大スターやメジャー・レーベルからも声のかかる存在になった自らの数奇な軌跡を振り返るタイミングでもあったのだろうし、この作品が映し出すのはFJMではなくジョシュ・ティルマン本人であることの方が多そうだ。それでもジョン・レノンの激しい「吐露」にはならず、ツアー・バンドの面々やゲストにハクサン・クローク、ワイズ・ブラッドらもアクセント的に参加したサウンドはツボを抑えた熟練ぶりでバランス感が保たれている。その、裸でありそうで実は裸になり切ってはいないスタイリッシュさが「今」なのだと思うし、敢えて苦言を呈すれば、エルトン・ジョン〜キャット・スティーヴンス型バラードという安全圏――それ自体は悪いことではないが――に何度かアルバムが逗留してしまう場面にも繫がっている。ともあれ、蛇口をひねるように言葉とメロディが出て来るだけに、この人のアルバムは広範で複雑になりがち。歌そのものの良さに率直に触れてみたい向きに本作は格好のFJM入門編だろう。(坂本麻里子)
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