現代の名匠が浮き彫りにする「イエスという音楽哲学」

イエス『ザ・スティーヴン・ウィルソン・リミクシーズ』
発売中
BOX SET
イエス ザ・スティーヴン・ウィルソン・リミクシーズ

今年11月にはポーキュパイン・ツリー以来12年ぶり、ソロ名義では初の来日公演を控えているスティーヴン・ウィルソンだが、彼が「数々の歴史的名盤を現代に蘇らせるリマスター&リミックス・エンジニア」というもうひとつの顔を持っていることは、特にプログレッシブ・ロックのリスナーの方々には今さら説明する必要はないだろう。すでにキング・クリムゾンイエス/エマーソン、レイク&パーマー/ラッシュ/ジェスロ・タルといったプログレ・レジェンドのみならず、シカゴXTCロキシー・ミュージック/マリリオンなど錚々たる顔ぶれからマルチトラック音源(トラック・ダウン済みの2chマスターではない)を託される、当代きっての名匠である。

「リミックス」とは言っても、ウィルソンのそれは基本的には原音を大きくアレンジするものではなく、むしろ元のミックスを研ぎ澄ませ磨き上げるための「トラック・ダウン済みのマスター音源越しでは手の届かない領域に手を加えるリマスタリング」という方が近い。アーティストと元バージョンのミックス・エンジニアへの最大限のリスペクトをもって、往年の名盤にこめられた想いを丁寧にブラッシュアップして「今」につなげていく──というその職人気質のアティテュードこそが、彼が多くのビッグ・ネームから信頼を寄せられている理由だろう。

そのスティーヴン・ウィルソンが手掛けた『危機』のリミックス・バージョン(2013年)をはじめ、『サード・アルバム』、『こわれもの』、『海洋地形学の物語』、『リレイヤー』まで2016年にかけて順次発売されたイエスのリミックス盤5作品を初アナログ盤化&コンパイルしたBOXセットが今作である(このタイミングでストリーミング配信も同時スタートしている)。

『サード〜』でスティーヴ・ハウを迎え『こわれもの』でリック・ウェイクマンを迎えたラインナップで作り上げた、プログレ史上に深々と刻まれるマスターピース『危機』。その後、ビル・ブルーフォード脱退の衝撃をアラン・ホワイトが埋めるという混沌の中で生み出された4曲80分の問題作『海洋地形学〜』、そしてリック・ウェイクマンがバンドを離れパトリック・モラーツとともに完成させた『リレイヤー』……メンバーの出入りの激しいイエスの歴史の中でも、ひときわ重要かつスリリングな時期を象徴する5作品を、楽曲の構成やアンサンブルに手を加えることも、闇雲に音圧を上げたりすることもなく(むしろ聴感上の音圧はやや下がっているように思う)──つまりその音像や世界観を2010年代のフォーマットに無理矢理押し込むことなく、しかしその音の美学に明確な陰影と輝度を与えながら、現代に解き放ってみせている。

とりわけこの5作品のリミックスで印象的なのはリズムの位置付けだ。ビル・ブルーフォードの硬質かつタイトなドラミング、パワフルな推進力に満ちたアラン・ホワイトのビート感……まったく異なるタイプのドラマーがその精緻なサウンドを支えていたこの時期は同時に、プログレッシブ・ロックがロックンロールともジャズともまったく異なるグルーヴを獲得していく過程でもあった。その「プログレにしか鳴らせないビート感」という側面を、ウィルソンのミックスはくっきりと浮かび上がらせている。リミックスの影響を強く感じさせるアラン・ホワイト期の2作品の中でも、『リレイヤー』の大曲“錯乱の扉”中盤のインスト部分は、時に演奏すらかき消すほど過剰にフィーチャーされていた効果音が抑えられたことで(それでも元のバージョンとの相違は聴き比べて気づくレベルだ)、アラン・ホワイトのリズムが細かいフレーズを駆使してしなやかに、かつ獰猛にアンサンブルを躍動させていることが、手に取るように伝わってくる。

キング・クリムゾンやディープ・パープルと同様に、メンバーが次々変わってもバンドの音楽的アイデンティティを貫き続けるイエスという音楽共同体──メンバーという存在すら超越しつつあるその世界観と哲学を、時代を超えて響かせていこうとするウィルソンの静かで謙虚な、しかし揺るぎない探究心と冒険心が、今作からは確かに伝わってくる。

「僕の興味はいつでもテクスチャーとサウンドにしかない」、「僕がこだわっているのは、曲に合ったサウンド作り」──2008年のポーキュパイン・ツリーのプロモ来日時にインタビューした際、ウィルソンはそんなふうに音楽への向き合い方について語っていた。自分自身の生み出す楽曲についての彼のその言葉はそのまま、ロック史を彩ってきた珠玉のアルバムと真っ向から対峙する「エンジニア」としての覚悟と地続きのものだと改めて思う。(高橋智樹)



『ザ・スティーヴン・ウィルソン・リミクシーズ』の詳細はWARNER MUSIC JAPANの公式サイトよりご確認下さい。

イエス『ザ・スティーヴン・ウィルソン・リミクシーズ』のディスク・レビューは現在発売中の「ロッキング・オン」9月号に掲載中です。
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イエス ザ・スティーヴン・ウィルソン・リミクシーズ - 『rockin'on』2018年9月号『rockin'on』2018年9月号
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