あまりにも衝撃的で強靭なブレイクビーツ回帰

ケミカル・ブラザーズ『ノー・ジオグラフィー』
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ALBUM

ケミカル・ブラザーズ、4年ぶりの新作。前作『ボーン・イン・ザ・エコーズ』は彼らにとっての原点回帰作として高い評価を得るアルバムになったが、今回の『ノー・ジオグラフィー』を聴いて衝撃的だったのは、まさにこれこそが決定的な原点回帰だということだ。では、『ボーン・イン〜』と同じなのかというと、これがまるで違う。つまり、どういうことなのかというと、『ボーン・イン〜』の時に形容された「原点」と、今回の『ノー・ジオグラフィー』の「原点」とでは根本的に違うということなのだ。もちろん、同じケミカルの作品なので表現として本質的に違うということはないのだが、ただ、「原点」としての意味や時期が微妙にずれているのだ。

たとえば、『ボーン・イン・ザ・エコーズ』が「原点回帰」として喜ばれたのは、Qティップが参加した先行シングルの“ゴー”がどこまでも初期のケミカル・ブラザーズを思わせる強烈なトラックとなって大ヒットしたからだ。強烈なベースとリフとQティップのライムを聴かせるビート、そして突如襲いかかってくるようなキャッチーなコーラスは、まさに初期のケミカル・ブラザーズを彷彿とさせた。ただ、アルバム全体としては、その後のケミカル・ブラザーズのアプローチが忠実に試みられており、ダンス・ミュージックという形に必要以上にこだわるわけではなく、自分たちのインスピレーションのままにグルーヴやビートを追求していくものになっていた。

その一方で、Qティップのほかにもアリ・ラヴ、セイント・ヴィンセントベックらとのコラボレーションも試みられ、ポップで聴きやすいアルバムとして丁寧に仕上げられたところなども含めて、むしろ『サレンダー』以降の連作に近いところがあった。だから『ボーン・イン・ザ・エコーズ』は、初期は初期でも、99年以降の活動を彷彿とさせるものがあったのに対して、今回の『ノー・ジオグラフィー』は98年以前の、ファーストとセカンドの圧倒的な攻撃性を彷彿とさせるという意味で、彼らの原点を感じさせるものになっているのだ。

端的な話、今度のアルバムではごく初期のケミカル・ブラザーズの炸裂するようなブレイクビーツ感が見事に脈打っていて、これがたまらない。のっけからそれを堪能させてくれていて、オープナーの“イヴ・オブ・デストラクション”はまさにそんなドライブ感とスリルをいきなり叩きつけて、このアルバムの性格を宣言する曲となっており、またイントロでは極めて正攻法のケミカル的なサウンドが積み重なってグルーヴを形成していく。そこにハウス全盛時のような、シーケンサーによるリズムのアタックがたたみかけてきて、ブレイクとともに一転、ぶっといベースが顔面に叩きつけられるのだが、このブレイクビーツ感がもうたまらないし、このドライブ感がすごすぎるのだ。ベースは前作にも参加したプロデューサーのマーク・ラルフなのだと思うが、シックのバーナード・エドワーズばりに、どこまでも重いが前のめりに疾走する。ボーカルはノルウェー出身のオーロラがメインで、ゆるふわギャングのNENEによる日本語パフォーマンスも顔をのぞかせる。

そのままトラックは切れ目なく“バンゴ”へと雪崩れ込む。この転換がまた異常なブレイクビーツ的なかっこよさをぶちかましてくるもので、この勢いをさらに走らせるために、ほとんど偏執狂的なプログラミングのリズム・シーケンスが襲いかかってくるのだ。いったんピークが収まった後で、エピローグとして鳴り出すドラム・シーケンスのチープさとエッジの深さがまたすごい。そのサウンドの響き方が、奇しくもキース・フリント(ザ・プロディジー)を追悼するようなシーケンスにもなっているのが感慨深い。

もちろん、すべてがすべてこの調子ではなく、最近のケミカル・サウンドにブレイクビーツ、あるいはハウス的に強靭なリズムを加えていくものもあるが、出色なのは60年代から70年代にかけて活躍したシカゴのR&Bプロデューサー、リチャード・ペゲスの音源をモチーフにした“ウィヴ・ガット・トゥ・トライ”で、この音源とケミカルのサウンドの錯綜具合があまりにもブレイクビーツ的でしびれまくりの出来になっている。しかし、それにしてもなぜ、こんなブレイクビーツ大放出的な試みになったのか。レーベルによると、今回はスタジオ内にさらにスタジオが設置され、そこにはトム・ローランズの自宅の屋根裏で埃を被っていたファーストとセカンド制作時の機材がすべて持ち込まれ、これらで今回のビートとサウンドを作ったということだ。まさに原点回帰に徹底してこだわったのだ。 (高見展)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』5月号に掲載中です。
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『rockin'on』2019年5月号