最強のDIY女子、再臨

グライムス『ミス・アントロポセン』
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ALBUM
グライムス ミス・アントロポセン

歌って踊って演奏できて曲も書けてサウンドメイキングもできる。最強のDIY宅録女子グライムスの4年3ヶ月ぶりの新作、通算5枚目。

間違いなく最高傑作である。楽曲の出来、アイデアの豊富さ、サウンド・プロダクションの完成度、音響作品としての抜かりのなさ、すべてがこれまでとは桁違いのレベルに到達している。全10曲(日本盤はボーナス・トラックを加え11曲)45分、無駄ダマは全くない。8年前の出世作『ヴィジョンズ』も大飛躍の前作『アート・エンジェルズ』も、すでに過去のものとなった感さえある。

アルバムは本来2018年中に出る予定だったが、所属の4ADとのトラブルがあったこと、そして元マネージャーのローレン・ヴァレンシアが2019年7月に病死した影響などでリリースが大きく遅れた。

アルバムのタイトルは2019年3月に本人が明らかにしているが、そのさい彼女は本作を「気候変動を擬人化した女神」(anthropomorphic goddess of climate change)をテーマにしたコンセプト・アルバムであり、「それぞれの歌は、人間の絶滅を具体的に表現した」と明かしている。つまり本作は環境問題について言及したものと考えられる。アルバム・タイトルの「Anthropocene(アントロポセン=人新世)」は、人類の活動が地球の地質や生態系に重大な影響を与えるようになった時代のことで、その影響とは主に人為的要因の気候変動が挙げられる。より具体的に言うと1945年のトリニティ実験(人類初の核実験)以降の地球規模の環境激変で新しい地質年代=人新世が訪れた、という説が有力である。その人新世を擬人化した「ミス・アントロポセン」が、本作のタイトルというわけだ。グライムスは最近、テスラ社のイーロン・マスクとの交際が報じられ、彼の子供を妊娠したことをSNSで表明したりしている。環境負荷の少ないEV(電気自動車)のトップ・メーカーであるテスラ社のCEOとの交際、そして彼との間に新しい命を授かったことが、彼女の環境問題に対する意識の高まりに影響を与えたと考えても不思議はないだろう。もちろんグレタ・トゥーンベリらのメッセージにも触発されたはずだ。「人々は罪の意識があるから、気候変動について言及しない。だから私は気候変動を面白いものにして、人々が関心をもつきっかけにしたい」という意味のことをグライムスは述べているが、いわば本アルバムは環境問題に関する啓発作品であるとも考えられる。以前には考えにくかったグライムスの意識変化である。

アルバムのオープニング曲“ソー・ヘヴィー・アイ・フェル・スルー・ジ・アース(地球を突き抜けてしまうほど重く感じる)”は、彼女が身ごもった子供の命の重さを、地球という言葉を持ち出して歌ったものだ。先行シングルとなった“ヴァイオレンス”は、デッドマウスのレーベル〈mau5 trap〉所属のi_oとの共作だが、暴力的で支配的な愛情に耽溺する人物(女性)を歌っている。MVはなぜか『孫子の兵法』を読むグライムスのショットから始まるが、ここでの彼女はマゾヒスティックな愛の形というより、自らを闘いに向けて駆り立てるような攻撃性を感じさせるのである。それはこの曲だけでなくアルバム全体に通底するトーンだ。

アルバム全体として、前作のような明るくポップなものとはかなり様相を異にしている。前作にあった日本のアイドル・ポップスやK-POPを思い起こさせるキャッチーな曲は見当たらず、全体のトーンはダークでシリアスだ。その意味では『ヴィジョンズ』前に戻ったとも言えるが、以前とは比較にならないほどサウンドは骨太になり、洗練度も深みも増している。以前のような、ある種の子供っぽさが薄れたのは31歳という年齢も関係しているだろうし、それに伴ってチープでアクの強いサブカル志向が薄れたこともあるが、キャリアを積んで、トラックメイクのスキルも格段に向上したことが大きいはず。前作にも参加していた台湾のラッパー潘パンのほかはゲストもなく、全10曲中8曲は作曲・トラックメイクからプロデュース、録音までひとりで手がけるDIY体制は変わりない。ノサッジ・シングを始めミックスはグライムス自身を含む数人が担当しているが、全体の質感はきちんと統一されている。なめらかで帯域のバランスも良く、低域の量感もあるサウンドのテクスチャーは、今回からマスタリングを手がけたデイヴ・カッチの手腕も大きいはずだ。

一言で言えば、大人になったグライムス。社会意識の高まりやミュージシャンとしての成熟を示した充実の一作だが、かといってSNSでいきなりヌード写真を披露したり、少しも丸くなった様子がないのが頼もしい。来日を期待したい。 (小野島大)



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ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』3月号に掲載中です。
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グライムス ミス・アントロポセン - 『rockin'on』2020年3月号『rockin'on』2020年3月号
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